「……パンジー、やっぱりこの格好おかしくないのか?」
「どこがよ。私達の完璧なお化粧に文句でもあるって言うの?」
「いや、そういうわけじゃ……」

 いつもとどこか違う、じろじろと自身に向けられる視線に居心地の悪いライジェル。自分の格好のどこかがおかしいのではないかと考えているライジェルはパンジーから借りたショールをよりぎゅっと握る。だが、隣を歩くドラコとパンジーにはその理由ははっきりとわかっていた。

「こいつの身長がこれだけ大きければヒールなんて履かせなくてもよかったんじゃないか?」
「何言ってるのよ、ぺったんこの野暮ったい靴なんて履かせられるわけないじゃない」

 そう、ただでさえ最近はドラコより背の高くなってきたライジェルが、ドレスに合う踵の高い靴を履いて歩いているのだ。高さのあるヒールを履いたライジェルは今のドラコよりも頭半分背が高いように見えているため、周りから 「何だあの女子、一緒に歩いてる男よりでかいぞ」 という視線を向けられているのは尤もだ。ドラコも同年の男と比較して背の低い方であるわけでもないため、なおさら目立つ。

「ブライトクロイツとは何処で待ち合わせてるんだ?」
「大広間の入口と言われたんだが……」
「えっ、それってもう着くじゃない!」

 パンジーの言った通り、もう数十メートルの廊下の角を曲がれば大広間の前に出る。そこに彼はいるはずだ。彼がいつ来るかはわからないが、人がたくさんいる中で長いこと待つのは嫌だとライジェルが言ったため、早すぎも遅すぎもしない時間だ。ジークも同じくらいに来ているだろう。

「…………あっ! ライジェル、あれ彼じゃない?」

 周りを見回していた三人の中で、最も早く声をあげたのはパンジーだった。ライジェルがパンジーの指差す方向を向くと、そこには確かにジークの姿がある。同時にジークもこちらに気がついたようで、顔面に笑顔を作りながらライジェル達の方に向かってきた。

「やあ、ブラックさんにマルフォイ君。そちらの彼女はマルフォイ君のお連れさんかい?」
「ああ。僕のパートナーのパーキンソンだ」

 それほどジークとは話したことのないライジェルとは真逆で、ドラコはジークとはそれなりにいい関係を築けているようだ。

「じゃあ、私達は向こう行くわね。行きましょ、ドラコ」

 何を察したのか、ドラコとジークが挨拶を交わした直後にパンジーはドラコの腕を強引に取る。

「え、ちょっとパンジー、」
「ごゆっくり!」

 ライジェルが止めようとするも、ドラコとその腕を引っ張るパンジーはすたすたと遠ざかり、人の波に紛れていった。残されたのは、ジークと呆気にとられるライジェル。

「もう大広間が開くみたいだね。行こうか」
「そ、そうだな」

 ジークに手を引かれて今いる場所から少し扉の方へと進むと、ライジェルの目に知り合いの顔が飛び込んだ。見知った黒髪に灰の目、セドリックだ。無難なドレスローブ姿のセドリックの隣にはチャイナドレスを纏ったチョウの姿がある。細やかな刺繍の美しいチャイナドレスとチョウの美貌が相乗効果をもたらして、周囲の視線を集めていた。

「……あの人達と知り合いなのかい?」

 セドリックのいる方をじっと見ていたからか、ジークが尋ねてくる。

「ああ。まあ、な」
「確か彼も彼女もスリザリンじゃなかったはずだけど……」

 ジークはスリザリン生全員の顔を覚えているのか。まさかな、とライジェルは冷や汗を流す。二ヶ月弱でそんなことできるわけはない、と思うのだが。変に疑われるのは避けたい。

「二人ともクィディッチのシーカーで、親しいまでとはいってないが顔見知り程度だな」
「ああ、君も去年クィディッチを経験したんだってね。マルフォイ君から聞いたよ。ほら、ダームストラングにはビクトールがいるから、クィディッチに興味のない生徒はほぼいないんだ。僕もクィディッチは見る側なんだけどよくビクトールの試合を見に行っては楽しんでるよ」

 ライジェルが少し言えば、ジークはライジェルの尋ねていない情報までくれる。そんなことは聞いていないんだがとは思ったものの、口に出すほどライジェルは愚かではない。涼しい顔でそれをスルーしたライジェルは、ジークの、ああ、という声に再度顔を向けた。

「──、ビクトール!」
「ジークフリート? ────?」
「────、──」

 不意にジークがライジェルの手を取り、勝手に歩き出す。慌ててついていった先には、クラムの姿。仲がいいのか、ライジェルの知らない言葉で話し始めたジークとクラムから目を離すと、クラムの横にいた人物に、もしかして、と声をかけられた。

「ねえ、あなた、もしかしてライジェル?」
「え、あ……」

 相手の顔を見ると、髪型やドレスのせいで最初は誰だかわからなかったが、よく見ればそれは見知った人間だった。

「まさか、グレンジャーか? わからなかった……」
「それはこっちよ。ライジェルの背が高かったからわかったようなものだわ」

 クラムの隣にいたのはハーマイオニー。だがその見た目はライジェルの知るものとは掛け離れていた。いつもぼさぼさだった髪はまっすぐさらさらとして、それだけでも別人のようなのだが、化粧がよりそう思わせる。どことなく口元もライジェルの知っているものとは違うように感じる。

「じゃあ行こうか、ブラックさん。代表選手は向かうところがあるらしくてね、彼らとは此処で別れなければいけないらしいんだ」
「え、あ、」

 そう言ったジークにいきなり手を引かれたライジェルは、ハーマイオニーとたいした話ができず、挨拶さえままならないままにハーマイオニーら二人と別れてしまった。ジークは結構強引な性格らしい。それとも、ライジェルの周りの男達が奥手な性格であるだけなのだろうか。
 クリスマスパーティー開始時刻に近づくと、会場となる大広間の扉がひとりでに開かれた。中にはテーブルと椅子が用意されている。代表選手以外の参加者は指示された場所でパーティーの開始を待っていた。ライジェルとジークも、比較的スリザリン生の固まっているテーブルに座ってパーティーの開始を待っていた。本当なら今頃ライジェルはレギュラスと食事をしていたはずだが、今隣にいるのはレギュラスではなくてジーク。今さらどうこう思ってもしょうがない、とライジェルは一つため息をついた。

「どうしたの? ため息なんてついて」
「いや……気にしないでくれ」

 と、会場の入口付近でざわめきが起こる。代表選手とそのパートナーの入場だ。ライジェルがそちらに視線をやると、ちょうどセドリックとチョウが通りすぎるところだった。何処からどう見ても美男美女の組み合わせに、ライジェルの耳に周囲の感嘆のため息が入ってくる。その後ろからハリーとパーバティー・パチルが入ってきて、スリザリン生らからひそひそとまたしょうもない噂話が聞こえる。

「出たよ、グリフィンドールの英雄のポッター様」
「意味不明よね。私だったらダンスパーティーに出席するどころか恥ずかしくて外なんて出歩けないわ」
「彼、まだ十四歳なんだって? どうやって十七歳の年齢線を突破したんだろうね」
「さあ、わからないな。興味もない」

 ライジェルもジークにハリーの件で話を振られてそれに答えた時、何もなかったテーブルの上にメニューが現れた。いつものようなバイキング形式の食事ではないらしい。

「これはどうするんだ?」

 周りをちらりと見回しても給仕係と思われるような者はいない。どうするのかわからないライジェルは教員の席の方に顔を向けた。するとフリットウィックやマクゴナガルらがちょうど注文しているのが見えた。それを見てか、段々とライジェルの周りの生徒達も注文を始める。

「ローストビーフ」
「ビーフストロガノフ、かな」

 ライジェルとジークが注文するのはほぼ同時。ライジェルがジークの顔をちらりと見るとそれに気づいた彼がにこりと笑い返し、ライジェルはぱっと視線を外した。くすりとジークが笑う声が聞こえるが、また彼の方を見るのは何となく恥ずかしい。

「ホグワーツっていいところだね。僕らのところはこんな食事なんてめったにないよ。空気も乾いていて冷たいし、何にもないんだ」
「まあ、ホグワーツ並のところはそうそうないだろうな。私達も、こんな食事の仕方は初めてだ」
「そうなんだ。まあ、今日の昼まではバイキングだったからね」

 そのまま二言三言話をしながら──話しかけるのはもっぱらジークからだったが──食事を終えると、食器が消えるのはもちろんのこと、テーブルや椅子までもが魔法によって脇へと片付けられた。いよいよメインのダンスの始まりのようだ。
 まずは、このクリスマスダンスパーティーの中心とも言える、対抗試合の選手とそのパートナーから。

「あの──本物のホグワーツの代表選手の彼とそのパートナーの女の子は、確かクィディッチの選手って言っていたね」
「ああ、ちなみにもう一人のホグワーツ代表のポッターもな」
「へえ、不思議な縁だ。それにしてもあの二人、結構お似合いなんじゃないのかな」

 壁際に立つライジェルの隣でかなり上から目線の態度でセドリック達を見るジークに言われるまでもない。ライジェルもまた、いいカップルだなとセドリック達のことを見ていた。ダンスは今回が初めてだと言っていた割にはセドリックはリードが傍目から見てもかなり上手く、それについていくチョウもチャイナドレスの裾をはためかせて観客の目を惹きつける。クラムやフラーのカップルもかなり目を引くものの、セドリック達は彼らに負けてはいなかった。

「じゃあブラックさん、僕達も踊ろうか」

 しばらくするとちらほらと代表選手達に混ざって踊り出す生徒達も出てきて、すでにフロアには代表選手の他に十ペアほどがステップを踏んでいる。それに続こうとしているのか、ジークはライジェルに恭しく手の平を差し出す。こんな、まるで箱に入れられて育てられたどこかの令嬢がされるような動作に一瞬動揺したが、ぎこちなさを残しながらもライジェルはそれに手を重ねてフロアへ足を踏み出した。

「ダームストラングでは、ダンスはやるのか?」
「まさか、ダンスなんて、今回が初めてだよ」

 ジークのリードに合わせてステップを踏むライジェルは、今までの練習の成果を充分に発揮してそれなりに様になっていた。ダンスが初めてと言っているジークも、今までに経験があるのかとライジェルが尋ねてしまうくらいには上手い。
 最初に演奏されていたスローテンポの曲が終わる頃には、踊っている者はフロアいっぱいになっていた。ダンスの最中には邪魔になるだろうと今はショールを外しているライジェルは、ひやりとした空気が触れる肩を時折震わせていた。お洒落には多少の寒さや痛みを我慢するものだと前にパンジーが言っていたのを思い出すが、やはり機能性が何よりだとライジェルは内心で固く決心していた。もうこんな服なんて着るものか。今度こんなダンスパーティーなんてあっても仮病を使うか男物のローブで出てやる。だがそれと同時に、そんな無謀な真似をすればパンジー達に色々と文句を言われるだろうな、という考えも容易にできて、もうダンスパーティーなんてものに参加する機会がこれからの人生に訪れないことを祈った。

「少し疲れたかな。少し休む?」
「ああ。そうだな」

 ショールを置いていた場所に一度戻ると、何か飲み物を取ってくるよ、とジークはテーブルの方へと向かい、ライジェルは一人になった。今ライジェルがいる場所から飲み物が置いてあるテーブルまでは少し距離があるはずだ。とりあえず肌寒くなってきたのでショールを肩にかけ直していると、不意にライジェルを呼ぶ声が聞こえてきた。


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