ソファに座って読書をしていたら、隣にアイオロスが座った。それは良い。しかしその後私を抱き上げて自分の膝の上に移動させたアイオロスの行動はよろしくない。暑苦しいし邪魔だ。読書がしたいのに腰に回された腕が気になって仕方がない。
「ねえ、邪魔なんだけど」
肩越しに振り返り言ったその言葉にもアイオロスは笑顔を浮かべてみせた。邪魔だと言ったのに何故笑顔なのか、まったく理解できない。何この人もしかしてマゾなの?
一瞬思い浮かんだその想像にぞわりと背筋が粟立ったが、それはすぐに口を開いたアイオロスの言葉によって否定された。
「嬉しいんだ」
「罵られるのが……!? それってすごく衝撃的」
「まさか」
驚愕から、つい口をついて出た言葉にアイオロスが首を振った。
そんな風に思われるのは不本意だと言ってすぐに否定したアイオロスが、それでも再び笑みを浮かべて私をしっかり抱く。
「こうしていればなまえを傍に感じられる。それになまえは初心だからこうしていると本に集中できなくて私を見てくれるだろう? 本に嫉妬なんておかしいと思われるかもしれないが、せっかく二人でいられる日にそんな活字の集団に負けるのは楽しくないな」
「このまま私が本を読むっていう可能性は?」
「いいや、こうすれば、今みたいになまえは私に意識を向けてくれる」
私はそれが嬉しいんだ。
アイオロスはにこにこ笑ってもう一度その言葉を繰り返した。罵られることを喜ぶよりは理解しやすい内容だったが、それでもやっぱりコミュニケーションとは難しいものだ。私はアイオロスが私なんかの意識で喜ぶ意味など分からなかったし、彼がこちらを向いていることが嬉しいと感じる意味さえ知らない。
「……構ってちゃん」
「そう呼ばれることでなまえが構ってくれるなら喜んで受け入れる」
飛び出した憎まれ口に返された真面目な顔と言葉に、もはやため息しか出てこなかった。しかしどうやら案外私も愚直な人間らしい。ため息とともに浮かんだ笑みを隠すことができないと気が付き、本を閉じた。振り返った先にあった青緑の瞳と視線が絡む。
「本より楽しい話を聞かせてね」
「喜んで」
腰に回された腕に、力が込められた気がした。
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