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「寒い」

私がそう言うと、アイオロスは信じられないものを見るような目で私の全身をまじまじと見た。そしてぽつりと一言、「……寒い?」と呟く。そうだ、そんな顔をされたって寒いものは寒いのだ。洋服を着すぎてだるまのようになっているとしてもそれは寒さのせいだし、加えて主に目の前で半裸のまま立っている男のせいで目を開いて景色を見ているだけでも寒い。

「なんで半裸なの、真冬にスーパークールビズ? 流行らないよ、そんなことしても」
「そんな意図はないが……。なまえこそ、よくそんなに着ていられるな。動きにくいだろう」
「問題ないよ、見てよこの光速のパンチ、シュッシュッ」
「…………」
「ねえそんな顔しないで私まで切なくなってくるから」

何がシュッシュッだ。
ファイティングポーズまでとったのが恥ずかしくなってきて、気持ちを誤魔化す様に暖かい紅茶を飲み込んだ。
一方半裸のまま部屋の中を歩き回るアイオロスは最終的にソファに落ちつく。そして何故か満面の笑みで私を見て膝を叩いた。

「なに?」
「なまえ、ここに座ったらどうだ」
「ちょっと意味不明なんだけど」

思い切り顔を顰めて首を振るとアイオロスは澄ました顔で答える。


曰く、膝の上に座れば薄着どころか無着の彼の姿が目に入らないため視覚的な寒さを感じない。
曰く、くっついていれば寒がりの私も温かくなるし、アイオロスも温かい。

つまり、これこそが利害の一致なのだと。


あげられた二つの無理やりな理由に私が眉を顰めて黙り込むと、アイオロスは明るい笑みを浮かべて再度膝を叩いた。そんなことをしても可愛くも何ともないと言いながらも、アイオロスの体温がとても高く、くっついていると温かいということを知っている私にとってそれは満更でもない申し出で。

結局、「そもそもアイオロスが服を着れば良いのでは?」という疑問は喉の奥に仕舞いこんだ私がアイオロスの膝の上に座ると、彼は私に腕を回した。


やっぱりアイオロスの体温は温かく、少しの間その理由を考える。
皮下脂肪だろうか、それとも子供体温とか? あと思いつく理由としては、筋肉……、筋肉?

青銅聖闘士の龍座の少年は胸筋で射手座の聖衣の矢を止めたと聞いたし、筋肉はまさしく体内の鉄壁のガードなのではないか? 人間が誰しも持つ聖衣、それが筋肉! 恐らく冷えからも体を守ってくれるに違いない、なるほど、筋肉が私の聖衣かと一人納得して頷く。

「……ねえ、ロス、アイオロス」
「なんだ?」
「明日から私もロスと一緒に筋トレしようかな」
「ああ、体を鍛えるのは良いことだ」
「そうだよね、それにアイオロスくらいムキムキになったら私の冷え性も改善されるかもしれないし……」

それを聞くなりアイオロスは黙り込み、そのあとで「私の体の上になまえの顔があることを想像してみてくれ」と言った。それが彼なりの反対意見の表明の表れだというのは、言われたとおりの想像をすればすぐに分かった。はっきり言って気持ちが悪い。

「……やっぱり止めとく」
「ああ、止めた方が良い」

同意するアイオロスの言葉をすぐ後ろで聞いた。密着しているせいか、吐息が髪にかかった気がしたのは多分気のせいではない。

「ねえ、近すぎない?」
「この座り方をしている限り仕方ないだろう」

じゃあなんでこんな場所に私は座って、アイオロスは私を座らせているんだ。
温かいからだとアイオロスは言ったが、それなら服を着れば良いのだし、ぱっと思い浮かんだ回答が何だか笑えたので口に出してみることにした。もしかしたらアイオロスも笑うかもしれない、なんて思いながら。


「本当はただくっつきたいだけだったりして」
「え」
「……なに? どうしたの、ロス?」
「何故……分かった?」
「え?」


予想外の反応に振り向くと、アイオロスはまん丸の目をして私を見ていた。


え?

「ごめん、意味分からないんだけど」
「なまえこそ、何故私の考えが分かった?」

心底驚いているアイオロスに、慌てて少ない脳細胞を活性化させて答えを求める。
会話から推測するに、アイオロスは私と単にくっつきたかっただけ……ということで良いのか?

「なまえ?」

それで、どうして分かったんだって驚きながら私に理由を聞いている。
違う、分かったわけではない。どうしてその言葉を口にしたのかって問いなら、そんなのは簡単なことだ。

「……わ、私が、そう思っていたから?」

利害の一致とアイオロスは言ったが、どうやら一致していたのは利害ではなく願望だったらしい。
突然力強く抱きしめてきたアイオロスに、たまらず私も抱き着いた。なんだろう、上手く言えないけど愛が溢れて口からハートを吐きそうだ。

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