バーやタベルナに灯された明りが市内を明るく照らす。
それでもやはり薄暗く、昼間と雰囲気を変えるビル街を歩きながら火照った頬を隠すように俯いた。
「………」
しかし少し涼しい夜風にあたっても火照りが冷める気配はなかった。その原因は分かりきっている。
どうしよう、どうしよう。
サガさんが私の手を握っている。
たったそれだけの事のはずなのに心臓がどくどくと跳ねあがる。
どうしよう、手汗とかかいていないかな。むしろ乾燥してがさがさだとか、震えが伝わっているとか…。次々と思い浮かぶ懸念に押しつぶされそうになる。だが隣を歩くサガはいたって平静で、それに余計に不安が湧き上がった。
ちんちくりんとか…、子供って思われているのかな。
どきどきするような相手でもないとか思われているのかもしれない。
思えば今日一日、彼に世話してもらっていたようなものだ。サガさんとはいつも仕事で顔を合わせているはずなのに、いざ“デート”と名前がつくと気恥ずかしくて何もできなくなった私はきっと誰から見ても情けない。
手だってサガさんから繋いでくれたし、ご飯食べる場所も、買い物をするお店も、全部サガさんに決めてもらった。しかも気が付いたら夕飯の食事代を出してもらっていたし、本当にあり得ない。今だってサガさんがさりげなく道路側を歩いてくれている。私は全部済んでからようやくその事実に気が付くのだ。だからお礼だって遅れるし、何か返そうなんてとんでもない。
情けない、本当に情けない。
自分で自分にため息をつきたくなるが、そんなことをしたらすぐにサガさんに気づかれるだろうからなんとかこらえる。でもやはり気分が重いことに変わりはない。
サガさんに呆れられちゃっていたらどうしよう?
…いや本当にどうしよう!そうだったらすごくショックで立ち直れないかもしれない。
とうとう重い足が止まってしまえば、私の手を引いていたサガさんはすぐに気が付き振り返った。不思議そうな顔をした彼から目を逸らしてぽつりと呟く。
「ねえ、サガさん」
「どうした?」
「今日、誘ってくれてありがとう。…あの、本当に何もできなかったけど、楽しかったの。サガさんと一日過ごせて本当に楽しかった」
でもサガさんは大人だから。
ただ引きずられるだけの私を見て呆れてしまったんじゃないのか。不安で仕方がなかったせいか、つい口をついて出た本音につられて泣き出しそうになった。
けれどサガさんは少し前かがみになって私の顔を覗き込むと安心させるように微笑んでくれる。
「私も同じだ、なまえと過ごせたから楽しかった。ありがとう」
「でも、私何もできなくて」
「何かしてもらおうと思って誘ったわけではない。私がなまえと過ごしたかったから誘ったんだ。それともなまえは一緒に過ごすだけでは不満か?」
「だって、私ばっかりいろいろしてもらってる」
口に出せばさらにその事実を痛感した。
じわりと目頭が熱くなった途端、頬にサガさんの大きな手が触れる。そのまま安心させるように髪を梳いたサガさんは優しい目で言った。
「私はなまえに素晴らしい時間をもらった」
それなら私だって貰っている。
やっぱり比率がおかしいと思う。私の方が貰いすぎだ。だからやっぱり返したいと思うんだ。私なんかに、一体どれくらいのものが返せるのか分からないけど、それでも。
「貰いっぱなしは、嫌なの」
その言葉に、サガさんは私の手を取って続けた。
「それなら、また君の時間を貰ってもいいか?」
「え?」
「私はまたこうしてなまえとどこかに出かけたいと思っている。私の我儘を叶えてくれるだろうか」
それは私の我儘に気を使ってくれた言葉なのか、それともサガさんの本心なのか。そんなことは分からなかったけど、確かなのはこの人が本当に本当に優しくて、私はどうしようもないくらいこの人に惹かれているということだけだ。
「い…、良いんですか?また一緒に出掛けてくれますか?」
私は今日と同じように何もサガさんにしてあげることはできないと思うが、それでも良いのかとしつこいほどに問いかけた私に対するサガさんの答えは簡潔だった。
「次は、何処に行こうか」
そう聞いてくれる優しい彼に自然と笑みが浮かぶ。この人はこんな私にも次を約束してくれる。それがただ嬉しくて涙もどこかに引っ込んだ。
「サガさんと一緒なら、どこまでも!」
その言葉に柔らかく微笑むこの人が、本当に愛おしくてたまらない。
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