突然ムキムキと壁の間に挟まれた。
頭をゴツリと壁にぶつけ、額はムキムキにぶつかるってこれなんの罰ゲームなんだろう。
「………」
室内の沈黙が痛い。
見事に挟まれているせいで身動きもできず、挟まったままなんとか首だけを動かして犯人であるアイオロスさんを見上げる。しかしあろうことか彼は私を見ずに壁を睨み付けているではないか。一体何が起きているのかまったく理解できず、しかし壁を睨むアイオロスさんの顔が恐ろしすぎて何か野暮なことを言う気にもなれない。
「…あ、あの、今日は、良い天気、ですね?」
「………」
駄目だ、天気の話は野暮な話だったらしい。アイオロスさんの眉間の皺がマリアナ海溝のごとく刻まれてしまい、それにより恐ろしさが500のレベルアップだ。
「わたし、あの、何かしましたか、アイオロスさん?」
付き合って初めて見た彼の怒っているような顔にどうすべきか分からずに混乱する。とりあえず謝るべきだろうか?でも何をしてしまったのか分からないから謝れない。きっと中途半端なことをすればアイオロスさんの機嫌はさらに降下するだろう。しかしいつも朗らかな人が怒ると破壊力二倍だ。何も悪くないと思っていても謝りたくなってしまう。
「あの、アイオロスさ…」
名前を呼ぼうともう一度顔をあげ、口を噤む。いつの間にか、それだけアイオロスさんはまっすぐに私を見つめていた。それに何事かと呆けた瞬間顎を掬われ唇が重なる。
「んっ!?むぅ、…ん!や、やですって、ちょっと、アイオロスさん!」
すぐに唇が頬に移動し、次は瞼、額と顔中に落とされ、恥ずかしくて穴があったら埋まりたくなる。両手で必死にアイオロスさんの肩を押して抵抗するが、残念ながら何の意味もなかったらしい。キスの嵐が止まることなく、私の頭は大混乱だ。
だが最後に再び唇にキスが戻ると、アイオロスさんは顔を離してくれる。
一体なんだったんだと叫びたくなるのを堪え、彼の両手を掴んだまま胸に顔を押し付ける。とてもじゃないが今はアイオロスさんと面と向かって話せる気がしなかった。
「な…、なに、何ですか、アイオロスさん」
「…それだ」
「え?」
「アイオリアやミロのことは呼びすてるのに、何故私には他人行儀なんだ?」
「え?えと…他人行儀なわけでなく…癖で…」
しどろもどろになりながら説明する。
アイオロスさんは年上であり、年上であるからにはきっちりとした対応でなければならないと考えていたのだが、どうやら彼はそう思っていないらしい。それどころか、これはどういうことだ?もしかしてもしかしなくても、名前で呼びすててほしいと…そういうことで良いのだろうか?
「えっと…、あの」
「…すまない、やはり忘れてくれ。気にしないでほしい」
「い、いいえ!そんな…」
口元に手を添えて困ったように笑った彼に胸がきゅっと締まる。こんなに好きで好きでたまらないのに、今より一歩近づくのは少し怖い。それでも彼がそれを許してくれるのならと口を開いた。
「…その、…アイオロ…ス…」
慣れない呼び方に緊張しながら呟いた言葉に彼が目を丸くした。少しびっくりした時の顔であり、同時に私が好きな顔だ。すごく可愛いその表情に見惚れた瞬間、強く抱きしめられ、頭を寄せられる。溶けてくっついてしまいそうなほどの距離に、跳ね上がった鼓動が耳に届いた。
ああこのうるさい心臓はどっちのもの。
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