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ぽつりと頬に水滴が落ちた。


かんかん照りの青空と太陽を見上げる。
雨の降りそうな気配はかけらもないのだが、サアと降り出したのは確かに雨だ。

「お天気雨だ」

久しぶりの気象現象に声を漏らし、あたりを見渡す。
お天気雨だからすぐに通り過ぎるだろうが、濡れるのはあまり好ましくない。

どこかで雨宿りをしようと、近くの崩れかけた円形神殿の屋根の下に駆け込んだ。
特にその内部に注意を払っていたわけではないので、中に入ってからようやく人がいることに気が付く。

「一輝?」

こんなところにいるのは珍しい。
つい疑問形になってしまった言葉に彼が私を見た。

「…なまえか」
「一輝も雨宿り?」

彼は視線を私に寄越しただけで返事をしなかった。けれどこんなところにいる理由など他に思い浮かばなかったので、そういうことなのだろうと勝手に納得する。


「止まないね、すぐに止むと思ったんだけど…」
「もう止む」
「まだ止みそうにないよ。…あ、ねえ知ってる?お天気雨って狐の嫁入りっていうの」


すぐに返ってきた「知らん」という言葉に簡単な説明をする。
明らかに興味が無さげだったが、それでも最後まで黙って聞いてくれた一輝の隣に腰を下ろした。

柱に背中を預け、膝を抱える。
隣では一輝が同じように柱に背中を預け、腕を組んで立っていた。それを見上げて笑う。

「なんかそのポーズ偉そうだね」
「馬鹿にしているのか?」
「そんなことないよ!一輝は偉いから偉そうなポーズとっても良いんだもん!」
「馬鹿にしているんだな」
「あてっ」

ぽこりと軽い握り拳が脳天に落ちてくる。女の子に対してなんて扱いだと睨み上げたが、一輝はさっさとそっぽを向いてしまったためまるで効果を持たなかった。しばらくじっと見つめ続けていたが、こちらを向く気配がかけらもない一輝に諦めを覚え、空へと視線を移す。


「今頃狐も嫁入りしているころかな。…あれ、そういえばギリシャに狐っていたっけ?」
「いる」
「見たことないよ」
「すっぱい葡萄」
「は?」
「狐と鶴の御馳走」
「え、なになに?」
「アイソーポスの童話だ」

腕を組んで目を伏せたまま言った一輝に、ようやく彼の言いたいことを理解する。“すっぱい葡萄”と“狐と鶴の御馳走”は童話のタイトルだ。つまり童話の中に狐がいることから、この国にも狐がいるのだろうと言いたいらしい。

「でもそれ昔の話じゃない」
「いたことにはいたんだ。何も問題ない」
「うん…、まあそういうことにしとこうか」

それに聖域の様に自然が多く、古代から続いてきた場所ならば狐の一匹二匹いたところで何も不思議ではないはずだ。この間も野兎と亀を見つけたし、多分狐もいるのだろうと無理に納得することにした。


再び幾分弱まったお天気雨に視線を戻す。
もしも狐が嫁入りをしていたのなら、そろそろ終わるころだろうか。太陽が雑草についた雨粒を輝かせるのを眺めながら、白無垢の狐とそれを囲む狐たちの行列を想像する。


「お天気雨の時に嫁入りってなんかロマンチックだよね」
「衣装が汚れるぞ」
「心配するとこ、そこなんだ?」
「他に何がある?」
「いや一輝がそれで良いなら良いんだけど…。そうだね、じゃあ私はお天気雨じゃなくて、お天気の日に一輝に嫁入りしちゃおうかな」
「知らん」
「知らんって何それ。もっとはっきりした否定とかあるじゃない」
「知らん」


ぷいっと顔を背けた一輝に言葉をなくす。

もっとはっきり断ってくれると思っていたものだから、次の言葉が続かないのだ。予定としては一輝が「断る」って言って私が「なにを〜」みたいな感じで盛り上がろうと思っていたのに、なんだろう、これ?

全て予想通りに進むとは思っていないが、この流れは本当に予想外だ。
どうしよう。これは嫁入りしても良いってことなのか?私が一輝に?

そりゃあ確かに一輝は良い人だ。でもあくまで私たちは友達で、結婚なんて考えたこともない。なのにおかしいな、なんで私は緊張し始めているんだろう。

視線を落とした先には私の足と、一輝の足。ぼんやりと足が大きいなあなんて比べてさらに恥ずかしくなった。どうした、私!一輝相手に意識してどうする?
でも確かに今までちゃんと考えたことがなかったけれど、一輝は背も高いし手も大きいしちゃんと男の子なんだ。

「…なまえ?」
「えっああっなんでもないよ!」
「?」
「何でもないから!」

何でもないなんて嘘だ。一輝がはっきり否定してくれないから調子が狂いまくりだよ!
まったくもう本当にどうしてくれるつもりだ。自分ではどうすることもできず、心の中は責任転嫁やらときめきやらでごちゃごちゃだ。そんな中でもなんとか自分をごまかそうと軽口を叩く。


「一輝は大切なものを奪っていきました。乙女のハートです」
「意味が分からん」
「へーんだ、一輝君のあんぽんたん」

また優しい拳骨が落ちてきた。

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