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「…うう、キーンてきた」

かき氷を一気に飲み込んだせいか、頭がキンと痛む。
それに顔を歪めた瞬間、私の手より大きな手が頭に置かれた。それがカミュの手だと気が付くのに時間はかからない。

「…子ども扱い?」
「そんなつもりはないが」

お祭りの喧騒と人込みの中、一瞬だけ立ち止まりそんな会話を交わす。左右に並ぶ出店から様々な匂いが漂ってくるのを感じながら、カミュを見上げた。

「もう大丈夫だよ」
「そうか」
「行こうか」
「ああ」

その返事とともに、すぐに頭から離れた手を少し寂しく思いながらも、ぽつりと礼を言う。カミュは微笑んだ。しかし離れた手がやはり少し寂しく感じ、彼の手を思い切って握った。

驚いた顔で私を見た彼を見上げる。心なしか、顔に熱が集まってきていた。それは、夏の夜の蒸し暑さだけに原因があるわけでないということくらい、私にもとっくに分かっている。

「あ、あのね、少しの間だけで良いから、こうして手を握っていても良い?ほっ…ほら、混んでいるからはぐれちゃうとあれだし」

勇気を出して言った言葉に、カミュはふと笑うとそれ以上何も言わずに頷いた。
こうして黙って受け入れてくれる彼の優しさを嬉しくも、気恥ずかしくも思いながら俯く。

恋人でもないのに、こんなことをして嫌がられるかと思った。どうしてカミュは手を振り払わないんだろう。優しさだろうか。それとも、少しは期待しても良いんだろうか。


…期待、したいなあ。でもはぐれるといけないから繋いでおこうと言ったから繋いでおいてくれているだけかも。でも、でも…それでも嫌だったら手なんてつながないはずだ。そもそも一緒にお祭りなんて行かないはずだ。

これは、脈あり…?まさかの、脈あり…?いける?いけるか?ここらで押しちゃうべきか?押しちゃうって何をすればいいんだ?


お…、お…おし、おおおおし、押し倒す…?


普段着ないお互いの着物姿や、祭りの周りの浮かれた空気に次第に気分が高揚する。
だんだんといけない方向へ思考が動き始め、カミュを押し倒すにはまずは背負い投げだろうか、足を引っ掛けて転ばせるべきだろうか、などと間違いを犯しかけたころに突然名前を呼ばれた。

「なまえ?」
「はぇ!?」

すぐ目の前にあったカミュの整った顔に、奇妙な声が漏れる。慌てて口元を手で覆ったが遅かった。

「蠅…?」
「違う、違うよ!何でもないの!」
「…そうか…?」

いまいち納得がいかないようだったが、深く掘り下げることをカミュはしなかった。黙って私の手を引いて歩き始めたカミュの大きな手を見下ろす。

今の、祭りの雰囲気に浮かれ、妙に高揚した気分ならカミュに私の気持ちを言えるかもしれない。というより、今言わなければ、いう事が出来ない気がする。

そうだ、まずは練習からだ。小っちゃい声で言おう。蚊の鳴くような声で言おう。練習だ。周囲の喧騒の中ならば聞こえないだろう。それで上手く練習ができたら、カミュに言おう。

好きだって、ちゃんと面と向かって。
そう決めて口を開く。

「―――…カミュ、好き」

その瞬間、その声に被さるように花火の音が辺りに響いた。必要以上にびくりと震えれば、手から振動を感じ取ったらしいカミュが振り返った。彼の赤い瞳と視線が絡み、彼には聞こえていないだろうが、今呟いた言葉のせいもあり、カッと頬に熱が集まる。

「あ、…いや…、その、…あはははははは」
「なまえ」
「ああああ!カミュ、ほら、ね!花火始まっちゃったよ!早く見に行こう!」

何も悪いことなどしていないはずなのに、悪いことをした気がしてカミュから目を逸らす。目を合わせる勇気も度胸も私には無かったのだ。

突然振り返るから、驚いた。
聞こえてしまったのかと思った。

あれは駄目だ!まだ練習だった!ではいつ本番かと聞かれると答えられないが…、ともかく今はまだやはり告白する勇気はない。もうちょっと練習する必要がある。だがら、また今度、そうまた今度だ!

でも、もし次に言う勇気が決まったときにはちゃんと言おう。
カミュに私の気持ちを伝えよう。その時は一体どんな言葉で告白しようか。

「ずっと好きだった」とか、「け、結婚してください」とか。わ、わあ、それでもし本当に結婚してくれたらどうしよう。

「…なまえ、顔が赤いが」
「だだだだだ大丈夫だよ!?なんのことかな!!?」
「なまえ、それで…」
「花火に集中しよう、カミュ!あの一瞬の瞬きはまるで私たちの人生!今を輝こうじゃないですか!青春は待ってくれませんよ!!それらは一瞬で消え去ってしまうのです!」


自分でも何を言っているのか分からなかったが、恐らくカミュを同じだったのだろう。花火について無駄に熱く語った私に、彼は変な顔をしたが結局口を閉ざした。私はといえば、隣の彼の存在に花火なんてほとんど目に入ってこなかったのだが。

それでも、一緒にお祭りに来られたのだ。良い思い出がまた一つ増えた。ただ今はそれが嬉しかった。

「今日は、ありがとね、カミュ」

今度は花火の音と被らなかった音に、カミュが静かに口角を上げた。


別れ際に「私もなまえが好きだ」と言われ、言葉を無くすのはまた別の話。

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