Project | ナノ
どうやら生まれてからこのかた、地上で生活などしたことのないらしいなまえは、始まったばかりの聖域の夏にすでに干からびそうになっていた。外の日光の下にそう長い時間彼女を置いておけるとは思えなかったが、引きこもってばかりいては体に悪い。宮の奥の日陰で蹲るなまえをどうして外に連れ出そうか悩んでいたのが数時間前。

「…なんだ、それは?」

少しでも涼みを求め、朝まで味気のない石柱にしがみついていたなまえが、今は氷やら菓子やら花に囲まれている状況が理解できず眉が寄る。一方のなまえは俺に気が付くと、体育座りから立ち上がり表情を明るくして歩み寄ってきた。

「カノン、カノン、おかえりなさい!」
「ああ、……」
「わ、あ!」
「!…」

器用にも自分の左足に右足をひっかけたなまえが倒れこんでくるのを支える。腕に収まったものの、一瞬状況が理解できなかったのかなまえが目を丸くして俺を見上げた。「大丈夫か」「え?あ、…うん、大丈夫です」やがて状況を理解したのか気の抜ける笑みを浮かべて礼を言った。

そして、先ほどの彼女の周りを飾っていたものに対する俺の問いに答え始める。

「あの、えっと、カミュという人がたくさんの氷をくれたんです。ぱって出すんですよ、氷!ぱって!あと、お菓子…貰ったんです。ええと、ミロ…?…という人と、アイオリアという人間に、貰いました。それで、サガはお花というものをくれたんです。いろんな色があってね、これなんて海の底の色みたい」

どうやら知らぬ間に黄金たちと親交を深めているらしい。
ふわふわと笑いながら、誰がどうのという話を続けるなまえの声を聞きながら椅子に腰かける。


(あれだけ人間に恐怖心を抱いていたなまえが、一人で俺以外の人間たちと信仰を深めるなど随分と成長したものではないか。)

そんな自身の心中の言葉にどこか刺々しいものを感じながらなまえに気付かれない程度の舌打ちをする。

俺の恋人だと知っているのに、どいつもこいつもちょっかいだしやがる。なまえもなまえだ。あれほどビビっていた人間たちに対し、へらへらふらふらと…。


この世界で生きていくと決めたのなら、それは良い変化と言えるだろう。

だが、納得がいかない。
毒されている。どいつもこいつも。奴らはなまえの小心者のくせに、時折気の抜けるような笑みを浮かべるところに。なまえはこの“世界”とやらに。毒されている。

「ふふ」

へちゃりと笑ったなまえをちらりと見やる。サガにもらった蒼い花に頬を寄せては微笑むなまえに耐え切れずに呟く。

「…そんなにサガに貰った花が嬉しいか」
「うん!」
「………」

…少しは否定でもすればいいものを。
そう思う俺をしり目に、なまえは蕩けそうな笑みを顔に浮かべて言った。

「だってこれ、カノンの目の色の花だから!」
「!…、…馬鹿な奴だな」

なまえから目を逸らし、口元を手で覆った。緩んだ口元を隠そうとしたなどということは誰にも気づかれていないはずだ。そうして俺は隠す。隠し、視線を逸らす。

そうだ。
あんななまえの笑顔一つで全部許せる気がするなどと、一番毒されているのは俺自身だという事実から目を逸らす。

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