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気が抜けていたのは事実だ。
でもだからこそ信じたくなかった。

私自身の我儘だったのに。カノンはそれに付き合ってくれていたのに。私自身の失態で今までの積み重ねが全て崩壊してしまったなんて。

「ごめんね、ごめんね、カノン、本当にごめんね、私のせいだああああうえええあああ」
「鼻水をつけるな、なまえ!!」

カノンに泣きついた私の頭に拳骨が落ちた。
鼻水という言葉と共に。女子にたいして直接それを言うのはひどいのではないだろうか。

だがこんなとんでもない扱いを受けたって私はカノンのことが大好きだ。
カノンも私のことを好きだと言ってくれた。
だからこそ彼に似合う立派な女性になりたかった。

私が立派な女性になれるまで、この付き合いは秘密にしておいてくれと願ったのは私。
私の女官という立場が、双子座の聖闘士であり海龍でもあるという彼を利用してしまわないように。

それなのに、私はやってはならないことをした。
一女官の私が、本来なら到底信じられない口調で彼に接し、「あ、カノン!そこの棚の上にお菓子取って」だ。あの瞬間の騒然とした空気が忘れられないよ!きっと夢にまで見ちゃうよ!悪夢だよ!

ただの女官が、カノンのことを呼び捨てにするわけがない。そりゃあそうだ。立場が違う。だから私は人前ではいつもカノンのことを様付けで呼んでいた。敬語だってしっかり使っていた。それでも休憩中ということで気が抜けていたのか、それとも大好きなカノンの顔を見て、さらに気が抜けたのか、私はため口で彼を呼び捨ててしまったのだ。

一瞬で静まり返ったその場の空気が、いまだに忘れられない。殺伐とした空気を思い出しながら教皇宮の柱の陰にしゃがみ込み、ただ過去の失態を嘆いた。


「もう終わりだよおおうええええあああ」
「お前の泣き方、気味が悪いんだが」
「ああああああああああ!」
「頼む、俺が悪かった、落ち着いてくれ」

大好きなカノンの胸に抱きしめられても涙は引っ込むどころか溢れてくる。
もうここにいられないとかもしれないという事実がひたすらつらかった。

「もう駄目だよ、もう駄目なんだよ、私の立場じゃ上司に逆らえないからカノンのこと利用しちゃうかもしれない、でもやだよ、そんなの私やだよ、だからごめんね、カノン、もう別れよう」
「ふざけるな、別れるくらいなら仕事など止めてしまえ」
「カノンのジャイアン!」
「意味分からん」
「私たちは小学生じゃないんだよ!働かないと死んじゃうんだよ、分かる!?」
「それくらい分かっている」

それなら仕事を止められるはずないではないか。
いやいや、もしかして遠まわしに仕事を止めて金を無くしてのたれ死ねって言うカノンの本音だったのか?

「うわああああああカノンの馬鹿ああああああ!!」
「また勝手に妙なことを思い込んだな…」

私の肩を抱いたままため息をついたカノンの顔が近づいた。かと思えば、すぐに唇が重なる。
あまりの唐突さに驚いて涙も引っ込んだ私を覗き込んだ彼が笑った。

「間抜けな顔だな」
「節操なしってこういうことを言うのかな?」
「ムードもへったくれもないことを言うな、なまえ」

そして、顔を歪めたカノンが続けた言葉は私の言葉を奪い去るのに十分な破壊力を持っていた。


「なまえ、仕事を止めて俺と結婚しろ」


それなら死なないだろうとカノンは口角を釣り上げた。


一方の私は言葉もない。
そりゃあ、言葉もないさ。
ムードもへったくれもないのはカノンのほうじゃないか。

ああ、でもでもどうしよう。とんでもないことを私は知ってしまった。

多分幸せすぎて怖いってこういうことを言うんだ。

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