Project | ナノ
まるで大海の中を彷徨っている気分だった。



もう全体的に何をどうすれば良いのか分からない。

まず日曜日。
育てていた観葉植物が害虫にやられて枯れた。

次に月曜日。
電車が遅延して会議に遅刻した。

そして火曜日。
スーツにカラスの糞爆撃をくらった。

さらに水曜日。
買ったばかりのワンピースが、コーヒーを持った小さな子に直撃されて茶色に染色されてしまった。

木曜日。
車が壊れた。

金曜日。
会社のパソコンが壊れ、全てのデータが吹っ飛んだ。


「…どうしろっていうの?本当なんなの、今週は?」

散々だった金曜の仕事帰りに、ミロに夕食に誘われタベルナへ行った。それはもう素晴らしい料理の数々と接待に素晴らしい夜を過ごすことができた。

だがそんな夕食でも暗い気分は治らなかった。暗い帰り道さえも気を重くさせる。額に手を添えると、隣でグリークコーヒーを飲んでいたミロが空になったカップを握り潰しゴミ箱へ投げた。

「ナイスゴール」

ぱすりと小さな音をたて、見事にゴミ箱に収まったカップに対しそう呟く。

「それにしても本当なんだと思う?」
「厄日ってやつだ」

しれっと答えたミロに肩を竦める。

「日じゃないわ、厄週よ。それにまだ土曜日が残っているわ、ああもう明日は一体何が駄目になるの?今から気分が重いわ」


本当に嫌になる。

何から直せば良いのか、何をすればいいのか分からない。
遭難信号でも出して誰かに助けに来てほしいものだと口にした私にミロは口を閉ざした。

沈黙が私たちの間に落ちる。それに僅かに冷静になった頭で後悔した。

人の愚痴など聞いていて楽しいものではないだろう。せっかく食事に誘ってくれたのにミロの気分を悪くさせてしまっただろうか。少し申し訳なく思ったが、それでもやはり気分が重いことに変わりはなかった。


だが、やがて沈黙を破ったミロは私の予想とは大きく離れた台詞を口にする。


「終わり良ければ全て良しという言葉があるだろう」
「…いきなり、何?」

明日は良い一日になるとでも言いたげなミロを見上げる。

近道のために選んだ公園は、昼間と打って変わり人気がなかった。
ミロの向こう側の時計が、そろそろ日付が変わることを告げている。もうこんな時間なのか。早く帰らなければいけない。そう考え足を速めようとした私と対照的に、ミロは立ち止まった。

「今お前は何が欲しい?」
「壊れた家電に新しいワンピース、それから観葉植物よ」
「そうだろうな」
「でも明日は買い物に行くのはよしておくわ。嫌な予感しかしないから」

肩を竦めて苦笑いを浮かべる。

この一週間は散々な目にあったが、まだあと一日残っている。二度あることは三度ある、とはよくいったものだ。それも今回は二度どころか六日間も連続している。明日も何かあるんじゃないかと勘繰ってしまうのはきっと私だけではないはずだ。だからこそ明日は部屋に引きこもろうと思う。

「…ミロは?何か欲しいものある?」


これ以上この話を続けてもミロは何も楽しくないだろう。

そう判断し、話題を彼へと変える。
ミロはしばらく私の問いに悩んだあとに頷いた。

ミロにも欲しいものがあることを理解し考える。この人の欲しいものとはなんだろう。

なんだか想像しにくい。
もしも家電製品なら今度一緒に買いに行くのもいいかもしれない。


そんな不確かな未来に私が思いを馳せた、その沈黙に被さるように、ミロの顔が近づいた。直後、頬に唇が触れる。挨拶のつもりかと思ったが、今の話の流れであいさつをされる意味も分からない。それにこの公園のど真ん中で別れるとも考えにくい。

それならこのキスに一体なんの意味があるのか。理解できずに私が茫然としている間に、近かった顔が離れた。開けた視界には月と、星と、それからミロの姿。

恐らくまん丸の目をしていたのだろう、わずかにミロが笑みを零し続けて言った。


「なまえ、お前が欲しい」


さらに「それに今日一日を良い日にさせてみせる自信がある」と言ったミロの向こう側の時計の日付が変わった。そんな彼に肩を竦める。


「…一日の火遊びに付き合えって言うの?」
「一日?まさか。これからずっと付き合ってもらいたいものだな」
「なにそれ、本気?」
「冗談でこんなことを言うと思うか?」


まるで、大海の中を迷っている気分だった。

いつの間にか顔中に集まった熱の逃げ場さえ分からない。
どこに行けばいいのかもわからない。遭難信号を発信したい。だが周囲には今誰もいない。ミロだけだ。ならばそれを受信するのもきっと彼だけだ。


「…楽しい毎日に変えてくれる?」
「それはお前によるが、俺は確実に楽しい毎日になる」
「なんで?」
「お前がいるからだ」

真面目な顔で言い切ったミロに吹き出す。

一体いつからこんなことを言うキャラになったのか。でもなぜだろうか、重たかった気分がいつの間にかどこかへ行ってしまっていた。

「返事は?」


ポケットに手をつっこんで首を傾げたミロに自然と笑みが浮かぶ。先ほどまで気が沈んでいた。

「そうだなあ…」

でもどうだろう、今は逆に気分が上がり過ぎてどうすれば良いのか分からない。


「賭けてみようかな、私の毎日」


メーデー、メーデー、メーデー。
ひとまずは信号を受けてくれた彼に愛を。

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