夕食に、彼の好きなムサカを作って出す。いつもの通りその際にぎゃあぎゃあと言い合いになったが今日は機嫌が良いのでさして気にはせずに台所に引っ込んだ。さっさとフライパンを洗ってしまおうとそれを手に取ったとき肩に手を置かれる。今この宮にいるのは私とミロだけなので、誰が、なんていうことは分かりきっていた。だが、なんだと言って振り返った私に降り注いだ言葉の意味は到底理解できるものではない。
「好きだ」
「…は?」
「お前が、好きだ、なまえ」
一瞬で思考がストップして、周りの音が何も聞こえなくなる。ただ、目の前に立っているミロしか見えない。そして彼の言った言葉がぐるぐる、ぐるぐるぐると私の頭の中を回る。彼が私を好き?
「…それ、なんのジョーク?エイプリルフールはまだ先、」
「冗談でこんなことを言うと思っているのか?これだからお前は…、この低能女!」
「はあ!?誰が低能よ!!あんたこそムードとか雰囲気という言葉さえ知らないんじゃないの!?誕生日プレゼントは広辞苑が良い?」
「ば、かにするなよ!!俺だってそれくらい知っている!!お前こそ、普通このタイミングでそんなことを言わないだろう!!」
「な、なによ、ミロがからかうからっ」
思い出して頬が熱くなるのを感じた。だってそうだ、彼は私を好きだと言った。わたしなんかを、好き、と、
それはもちろん嬉しい。涙が出るくらい嬉しい。でも、いつもいつも私を馬鹿にするばかりのミロがそれを言ったとして簡単に信じられるものか。どうせまた私をからかうためのジョークに決まっている。
「信じられない、もの」
「…どうすれば信じる」
「え?」
「俺は、お前がいつも俺の好みに合わせて料理をしてくれていることを知っている。強がっているくせに、本当はすぐ泣くことも知っている。たまに見せる笑顔だって、知っているし、好きだ、なまえ」
真っ直ぐに私を見下ろしてそう言った彼に顔の温度は上がりっぱなしだ。頬が熱すぎて、そのうち破裂するのではないかと思えてくる。もう十分だ、よく分かった。だからもうやめてくれ。私を恥ずかしさによる心拍上昇で心筋梗塞にさせて殺すつもりか。だが、ミロは止めてなどくれなかった。
「ずっとお前に触れたかったし、お前がほかの男と話している時どれだけ嫉妬したと思っている?それを全部冗談で済ませろとお前は言うのか?」
「いっ、言わない!!言わないから、」
だって私も好きだからと言えば、ミロは目を丸くした。が、そのあとさらに目を真ん丸にしてみせた。
「お、おい!泣くなよ、この泣き虫女!」
「あんた、言葉のレパートリー少なすぎなのよ!泣き虫女っていまどき小学生も使わない悪口だわ!」
「うるさい!この、泣くなって!!」
「いたっ、いたたっ!!」
ぐいぐいと乱暴に目元をぬぐわれて、涙が引っ込む。もう少しスマートにハンカチを貸してくれるとかできないのかと思ったが、ミロにそんなことを望むほうが間違っているのだと思い直して笑った。
「ミロ」
「な、んだよ」
耳を貸してと言って、彼の耳元に口を近づけて、そっと呟いた。それを聞いたミロがまた目を丸くした後に笑った。そのまま強く抱きしめられる。あまりの強さに「ぐぇ」とカエルのつぶれるような可愛くない声が出たことは聞こえなかったことにしてほしい。でもきっとすぐ忘れられるのだろう。だって今、そんなことがどうでもいいくらいに幸せなんだから!!
Ich danke ihnen
(私を、好きになってくれて)
(私も好きよ)
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