口の中で鉄の味がした。切れたみたい。もしかしたら歯も折れているのかもしれない。ぐらぐらしているなんて悠長に考えながら地面に転がった。肩とか腕とか、それからお腹も、痛い、頬は熱い。たぶん腫れているんだ。
「い、たい」
もうやめてくれないかななんて淡い期待を抱いた言葉を吐き出した。目の前に立っていた彼は面白そうに鼻で笑ったあとに言う。
「好きなだけ苦しめば良い」
そう言って思い切り肋を蹴り飛ばされた。ばきっていった。咳込んだ瞬間赤い液体が口から飛び出して白い大理石を汚した。もう痛すぎて正直意味が分からなかったがそれでもとりあえず人間の体と言うものは案外丈夫で気を失うこともできない。(そうしてしまったほうがどれだけ楽だろう)
「さ、が、」
痛いよともう一度呟き、ぼやける視界で必死に彼を見上げた。黒髪に隠された赤い、赤い瞳が月明かりにぎらぎらと光った気がしてぞっとした。この人の目は、まっすぐすぎて、こわい。
「あ、ぅっああっ!!」
手のひらを思い切り踏まれて、痛い痛い、ミシミシ音を立てているよ、折れる、
「これは、愛だ」
低い声が紡ぎだしたその言葉を、みしみしと音を立てる掌をBGMに聞いた。足がどく気配はないし、それどころかむしろどんどん力は強まって、ああもうやばい
「これが私の、愛だ。なまえ、お前はただ受け入れればいい。愛されたいなどとは思わぬ、お前はただ傍で私の愛を受ければいい」
「う、ぃた…!!」
「これは、愛だ」
ばきり?ぐしゃり?そんな妙な音が鼓膜を震わせて、すぐに襲った激痛に私は掌をつぶされたことを知る。(けれど今更それがなんだというのだろうか)
しゃくり上げる私の声など、彼以外誰も聞いてはいなかった。
Ich liebe dich.
(これを愛だと呼ぶのなら、私はそんなものかけらも欲しくない)
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