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実に困ったことになったと思う。例えば飲みかけで放置されたコーヒーが机の上ですっかり熱を失ってしまっていること(冷めたコーヒーほど不味いものはない)、卵焼きを作ろうと思って割った卵がそのままカップの中で放置されていること、もう花に水をやる時間をとうに過ぎてしまっているということ。あげていけばキリがなく、窓のすぐ向こうで小鳥がチュンと可愛らしく鳴いたことに顔を綻ばせる余裕もない。

そんな状況で私は腕を取られて身動きが取れないまま目の前の男を見上げた。しばらく見ていなかったが相変わらずのようだ。尊大な態度はご健在、偽物の仮面をかぶった教皇職についていることも変わらない。だからこそ一応は忙しい身のはずの彼が、何故こんなアテネの外れのアパートメントの一室にいるのか、それが理解できない。その理由を問えば彼は案外簡単にそれを答えてくれたが、それはさらに私を混乱させただけだった。

「私を聖域に連れて行ってどうするの」
「下働きくらいにはしてやろう」
「お生憎様、私はもう仕事を持っているから」

だからこれでも忙しいのだ。ふざけていないでさっさと帰れと冷えたコーヒーに手を伸ばす。が、その手がカップを掴む前に叩き落された。あまりの勢いに机に手をぶつける。「ちょっと、痛かったんですけど?」「生きている証だ」「そんなの証明してもらわなくても分かりきっているわ」小さくため息をついて彼を見上げた。真っ赤な目がじっと私を見下ろしていることに気が付いて、サガの頬に手を伸ばした。

「本当に、さ。何がしたいの?」
「なまえ、聞いた話によるとお前上司に言い寄られているそうだな」
「…どっからそんな情報仕入れてくるの?」
「聖域の情報力を馬鹿にするな」
「別に馬鹿にしてなんていないわ。なんでそんなわけのわからない個人の情報まで調べているのかは不思議だけれど。…まあ安心して、彼の告白を受け入れるつもりはないわ」
「当然だ」

そう言った瞬間腕をひかれて顔が近づく。何をするんだと言いたかったが、それを口に出すことはできなかった。そうでもしたら、唇がくっついてしまいそうで私はただ固まることしかできない。それを見たサガが、笑みを深めた。鼻がぶつかる。
「他の男になどやらぬ。他の男などの目に映すことすら惜しい。なまえ、お前は私だけを見て私のためだけに生きていれば良い」
「私の人権はどこにいくのよ」
「人権?そんなものは知るものか。この私が愛してやると言うのだ、お前はただ大人しくそれを享受し私だけを愛せば十分であろう」
そして触れるだけのキスをされた。まったくなんて強引な男なのだろうと思う。その嫉妬深さははっきりいって異常なのではないか。


「故になまえ、私はお前を浚う」


けれど結局その言葉に笑って了承するあたり私も相当いかれている。

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