Project | ナノ
「お引き取り願います」

ばたん、と閉じたはずの扉はすぐに開けられた。がしょり、という意味のわからない音とともに開けられた。絶対に鍵かノブか、またはそれ以外の何かが壊れたに違いない。なんだろう、聖域では私の部屋のドアを破壊するのが流行っているのだろうか。一体何度目だろうか。たぶんもう片手では数え切れないほど私の部屋のドアは破壊されているはずだ。

「お引き取り願います」

ぽっぽー。壁にかけられた鳩時計からマヌケ面の鳩が飛び出した。時刻は草木も眠る丑三つ時である。こんな時間に一応生物学上女の部屋に押し掛けてくるだなんて、一体どんな教育を受けてきたんだ!あ、世界の平和を守るための教育か。

「お引き取り願います」

無理やり扉が開けられた。顔を覗かせたアイオロスさんが笑う。私としては笑みの代わりにパンチをお返ししてさしあげたいところだ。

「なまえ、夏の夜と言ったら?」
「アイオロスさん、夏の夜はクーラーを入れてアイス食べて寝るだけで十分ですよ」
「肝を冷やしたくはないのかい!?」
「全力で遠慮します」
「ということで、失礼するぞ」
「あ!もう!!」

結局部屋に入ってきてしまったアイオロスさんに何故かミロさんが続く。うん?と思っていると、カミュさんが続き、少し遠慮気味なサガさんとシュラさん、それからアフロディーテさんに・・・、とにかく全員やってきた。黄金聖闘士さんが全員やってきた。星矢君たちまでやってきた。こんな時間に一体なんの用だ!

「な、なんですか!?一体なにをするつもりですか!!」
「第一回聖域百物語大会を開催しよう!」
「意味分かりません!」

わたしの拒否などなんのその、わいのわいのとコーラにポテチをひろげ始めた皆さんにもはや何を言っても無駄だろうと私もソファについた。百物語大会ってなんだとか、なんで開催場所が私の部屋なんだとか、言いたいことはたくさんあったが、そんなことを言って聞いてくれる人たちじゃない。もうノリでなんとか乗り切るしかない。あとフィーリング、そうだよフィーリングでなんとかするんだ、私!!

「なまえさんも、はい、コーラ!」
「星矢君、夜にこんなの飲むと太るよ!」
「なまえさんは細いから大丈夫だって!」
「本当?じゃあ、ちょっとだけ」

星矢君は可愛いから、彼に言われるとなんだか断る気にならない。そんなことを考えながらコーラを受け取ってソファに座った。うん、断る気にならないとは言ったが、さすがに黄金聖闘士の皆さんに青銅君たちが集結するには私の部屋は狭すぎないか?そもそも彼らは一体何をしに来たんだ?本当に私の部屋で怪談話をするつもりなのか。というか、何故いきなりそんな話になったのだろうか。

「百物語っていうのが日本にあるって紫龍と星矢に教えてもらったんだ」

けろりとした顔で笑ったアイオロスさんに首を振る。星矢君が一番怖いのはは魔鈴さんのスパルタ修業の話だ、なんて良く分からないことを言って笑った。

「いや、私の部屋で怪談なんて止めてくださいよ!話をすると寄ってくるって、良く言うじゃないですか」
「あ、それ僕も聞いたことがあるよ、なまえさん!」

同意してくれた瞬君に止めたほうがいいよねー、とさらに同意を受けようとするとシャカさんが笑った。

「フッ、君達、良い年をしてそんなものを信じているのかね?修行の足りない証拠だな。そんなもの、存在はせぬ」
「シャカさん、その台詞はまず、背後に溢れる魑魅魍魎を仕舞ってから言ってもらえませんか」

ぶわっと、なんか出ている。シャカさんの背後からなんか、どう見ても幽霊が飛び出しているぞ。その状況下で彼が幽霊などいないと、どんな現実的なことを言おうと、絶対に誰も納得しないということだけは理解できる。だがそんなわたしと瞬君などまったく気にせずにミロさんが笑顔を浮かべる。

「じゃあ、まず俺から!」

はいはい、と手を上げたミロさんに溜め息をつく。おそらく、こうなった彼らはもう何を言っても聞いてくれないに違いない。なら仕方ないのだし、私も久方ぶりの怪談話を楽しむことにしようじゃないかとアイオロスさんの隣に座った。そこで、ムウさんが電気を消してくれる。私の隣には、誰かがそろりと座った。白いワンピースのすそが見える。たぶん沙織ちゃんだ。彼女まで参加しているのかと、私は沙織ちゃんに話しかけようとしたが、それより先にミロさんが口を開いた。

「幽霊って、その国の言語を喋るらしいぞ」
「え、じゃあアメリカ人の幽霊と日本人の幽霊は会話ができないってことですか?」
「ああ!だから、日本で死んだ外国人の幽霊もそのうち日本語を覚えるんじゃないか?ほら、留学みたいな」
「なんか物凄く人間くさいですね、それ」

どう見ても欧米人なのに日本語がぺらぺらな幽霊とか、それは恐怖感を感じるより少し笑ってしまうかもしれない。言語が影響を受けるということは、幽霊の性格にもお国柄が出るのだろうか。ドイツ人の幽霊は生真面目、ギリシャ人の幽霊はシエスタをする、日本人の幽霊は仕事をしている、とか。・・・うん、シュールだ。あ、またミロさんが手を上げた。

「はいはい、次も俺―!」
「なんですか、ミロさん。ずっと俺のターンなんですか」

元気よく手を上げたミロさんは、私のツッコミなど無視をしてデスマスクさんを指差す。

「巨蟹宮に出てくる死面に餌を上げているデスマスクを女官の一人が目撃したらしいぞ!」
「死面?餌?」

隣に座っていたサガさんが私の呟きを聞いてくれたのかそっと教えてくれる。

「ああ・・・、なまえは知らないのか。巨蟹宮には顔が壁中に浮かびあがることが・・・」
「うわっ、なにそれ気持ち悪!」
「てめぇ、なまえ…」
「じょ、冗談ですよ、デスマスクさん!超斬新なセンスのお化け屋敷ですね!!」

わざわざ立ち上がり私の頭を潰す勢いで掴んできたデスマスクさんにそう言えば、額を叩かれた。痛い。紫龍君が溜め息をついて、氷河君とカミュさんが冷たい布巾を渡してくれた。別に怪我をしたわけでもないのだが、好意は有難く頂いておくことにして受け取った。額にあてるとひんやりとして気持ちが良かった。

「あー、じゃあ俺の番だな」

私のすぐ前に座ったデスマスクさんが咳払いをした。彼は幽霊が見えると聞いたことがあるのだが本当だろうかとか、聞きたいことは色々あったのだが、とりあえずは静かに話を聞くことにする。

「まだ、俺たちが小さいころの話だ」

薄暗い部屋で、彼が足を組み直したのがぼんやりと見えた。布の掠れる音が聞こえる。

「・・・シュラがアイオロスに修行をつけてもらって、俺とアフロディーテはサガに修行をつけてもらった夏の暑い日だった。修業のあと、汗まみれになった俺たち三人はサガとアイオロスに風呂場に突っ込まれたんだ。丁度、夕方で、窓から赤い光が差し込んでいたのをよく覚えている。まあ、そんなこんなで俺が、浴槽でのんびりしているときのことだった」
「落ちが読めた!」

ミロさんが机を叩いて話を切った。

「サガが素っ裸で入ってきたんだろ!」
「ちげえよ、ばか!」
「・・・ミロ、星々の砕ける様がみたいか?それとも異次元への片道切符が欲しいか?」

それは怖い話なのだろうか。だが実に堂々と言い切った彼は、デスマスクさんに即答で拒否をされ、サガさんには脅されて、僅かに肩を落とした。カミュさんが、彼の肩を軽く叩く。デスマスクさんは一度咳払いをして、少しあたりを見渡してから話を再開する。


「ぽた、ぽたりって、なにかが肩とか頬にかかるんだよ」
「水滴じゃないのか?」


口をはさんだ星矢君に瞬君が人差し指をたてて、しーっとやる。ちくしょー、可愛いな。

「・・・で、気になった俺は天井を見たんだ。それは天上から落ちてきていたからな。そこに何がいたとおもう?・・・顔色の最悪なオヤジだ。水滴っていうのは、そいつから流れてきていたんだ。それによ、良く見ると、俺の肩や頬についている水滴っていうのは赤いんだ。・・・・・・血だ」

暗い部屋で誰かが固唾をのんだ。私も、肩や頬にかかった血を想像して、少し気分が悪くなる。


「その血はどこから流れてきているのか。頭か?内臓か?見てはいけない気がした。だけど俺は見てしまったんだ」


ごくり、と、再び誰かが息を飲んだ気がした。デスマスクさんが、一瞬の間を作る。この人は話術のプロなんじゃないだろうか、間の作り方まで完璧だし、声のトーンも怪談話にぴったりで少し怖い。きっと鳥肌になっているのかもしれないなと思った瞬間、デスマスクさんは口を開いた。



「その血は、鼻血だった・・・」
「・・・は?」

思わずもれだした声を押さえるため、慌てて口に手をやる。いや、でも、え?鼻血?この話の流れで、何故鼻血がでてくるんだ、まったく理解できないぞ。

「え、あの・・・鼻血ですか?」
「そのオヤジは、アフロディーテの素っ裸を見て鼻血をぼたぼた垂らしていたんだよ。女だと思ったんだろうな。振り返ったあいつの全身を見た瞬間、顔を青ざめさせて消えていった」
「おい、デスマスク!そんな話は初聞きだぞ!」

アフロディーテさんが声を荒げる。うん、実に当然な反応だ。仲間だけしかいないと思っていた風呂で、おやじに鼻血をぼたぼた流されて覗かれていたと知ったら、気分は最悪だ。ていうか、幽霊のくせに覗きなんて、もはやあっぱれとしか言葉がでてこない。

薔薇を取り出し、何故かデスマスクさんと喧嘩を始めたアフロディーテさんを眺めていると、サガさんが私に表情を引き締めてと告げた。

「なまえも気をつけて風呂に入れ!そのような不届き者が出たら、光速の拳でも喰らわせてやるんだ、分かったな?」
「いや、あのサガさん、たぶんそのオジサンはアフロディーテさんだから見ていたんですよ。それから私は光速の拳なんてふるえませんからね」
「じゃあ、なまえ、私と一緒に風呂に」
「入りません」

笑顔で手を上げたアイオロスさんが全てを言いきる前に否定をすれば、星矢君がけらけらと笑った。さらにアイオリアさんとアルデバランさんは呆れたように彼の名前を呟いたが、アイオロスさんはまったく動じることはなく話題を変えた。

「うーん、なまえはなにかないのか?」
「えー・・・、怖い話ですか・・・?」

とくにこれと言って、私が思い浮かぶものはなかった。だが、あんまりにもアイオロスさんが楽しそうに聞くものだから、朧気な記憶をたどって、怖い話を探す。

「・・・あっ、思い出しました。女官さんに聞いたんですけど、時々サガさんの声で、イケメンビーム!って、深夜の教皇宮で聞こえるらしいですよ。あと、うさみみ仮面、とーう!とか」
「それは怖いな」
「怖いですよね」
「私は一体何だと皆に思われているのだ・・・」

サガさんが小さく溜め息をついて、アイオロスさんが笑う。それを見ていた星矢君が何かを呟いて、瞬君が慌てて彼の口に手を当てた。だけど私はしっかりと聞いてしまいましたよ、瞬君、星矢君!真っ裸って呟いたのをね…!でも、たぶん黙っておくほうが得策なのだろうと私は笑いをこらえて口を閉じた。

そうして、一瞬の沈黙。




なんだか少し涼しくなった気がする。紅茶はすっかり冷めてしまった。みれば、隣に座った沙織ちゃんの紅茶は手もつけられていない。きっとこれも冷えてしまっているのだろうなと思っていると、ミロさんが首を傾げた。

「そういえばなまえのつかっているこの部屋って、前に女官の変死体が発見された部屋だよな?」
「ちょ、嫌なこと言うの止めてくださいよ!!本気にしますよ!!?」
「いや、本当だな。ちょうど、二、三年まえか?」
「たしかに一時期よく変死体の出る時期があった。風呂を覗いたせいだとか、そんな噂がまことしやかに囁かれていたのを覚えている」

アイオリアさんとカミュさんが小首を傾げながら呟いた。え、ちょ・・・まじですか、止めてくださいよ、そういうこというの!!というか、風呂を覗くと変死体になるのか?一体誰の風呂を覗いたんだろう…!


だけどこれは問題だ。私はそんな訳あり物件はちょっと、いや、かなり遠慮したい!!そういえば、この部屋を私にあてがったのはシオンさんだが、彼はそれを知っていたのだろうか。…いや、彼はそんなことはしない・・・はず。ということは、シオンさんはそれを知らなかったのだろう。でも、それならサガさんは?彼は確か、13年間聖域に君臨していたんだったか。それならきっと何かを知っているのだろうと彼を見る。月明かりに照らされた彼は、私と目が合うと、さっと反らした。なんてこった。

「あの、サガさん・・・。なんで目を反らすんですか?なにを知っているんですか?」
「わ、私はなんと罪深いことを・・・!」
「そういう勘違いしそうなことを言うのは止めてくださいよ!!・・・ひゃっ!」
「わっ」

私の声に驚いたのか、それとも、がたりと、棚の上から何かが落ちたことに驚いたのか瞬君が小さく声を上げた。

見れば、蝋燭台が落ちている。なんだろう、端のほうに置いてあったのかな。でも、何もしていないのに落ちてくるなんてあるだろうか?心なしか、さっきより涼しくなってきた気もする。ああ、なんだかこの空気嫌だなぁ。


「・・・も、もうやめません?」
「なまえっ、怖いのかい!?それなら私の胸に飛び込んでおいで!!」
「いいや、こんな筋肉畑に飛び込むのは嫌だろう?なまえ、私の胸に飛び込んでくるといい」
「サガさん、私から見れば貴方も十分ムキムキです」

何故か嬉々として私に両手をひろげる二人はなんだか笑える図だった。それでも部屋が暖かくなることもなく、私はTシャツから出ている腕をさすった。これだけの人数がいるのに、部屋が暑くならないなんてなんて不思議なことがあるのだろうか。

「ちょっと…、寒くないですか?」
「そうか?」
「ああ、アイオロスさんはムキムキだから暖かいんですね」
「褒めても何もでないぞ」
「そう受け取られたのは予想外でした」

ううん、やっぱり寒い。なにか暖かい飲み物でも淹れよう。

「紅茶でも淹れますね。何がいい?」


隣に座った沙織ちゃんにそう問いかける。
暗いせいで表情がよく見えないけど、彼女が笑った気がした。

「沙織ちゃん?」
「なまえが良い」
「え?」

冷たい手が私の手を掴んだ。ひやり、ひやり。氷みたいだ。沙織ちゃんって冷え症だったっけ、と考えた瞬間部屋の電気がついた。

「わっ」
「うわー!!」

突然の眩しさに一瞬目がくらむ。何故か、びっくりしたらしいミロさんが私に抱きついてくる。大きな身体を受け止めきれずにソファに倒れ込んだ。私の手を掴んでいた冷たさがなくなる。思いっきり引いてしまったから驚いたのだろうか。沙織ちゃん、ごめんねと顔を上げたが、そこには誰もいなかった。代わりに部屋の入口に立って、電気をつけている沙織ちゃん。彼女は目を丸くして部屋を見ている。

「な、なにをなさっているのですか?」
「百物語だよ。沙織さんも参加するかい?」
「何言っているの、星矢君。沙織ちゃんは最初からいたでしょう?」
「なまえさん、驚かせようったってそうはいかないぜ!沙織さんは来ていなかったぞ」

星矢君が笑う。沙織ちゃんはまだ目を丸くしたままだ。いや、それより彼はなんて言った?

「え?嘘言わないで、星矢君。沙織ちゃん、ずっと私の部屋にいたでしょう」

そう問えば、彼女は僅かに不安げな面持ちで首を振った。確かに横に、振った。

「え・・・?まじで・・・?」
「私はこんな時間になまえさんの部屋にたくさんの小宇宙があるなんておかしいと思って、たった今、見に来たのです」

でも、言われてみれば、確かに私は隣に座っていた人の顔を確認したわけではない。白いワンピースが見えただけだ。もちろん、この部屋には今黄金の皆さんと青銅君たちしかいない。そして彼らの誰が白いワンピースなど着るのか。でも、じゃあ、さっきまで私の隣に座っていたワンピースの子は誰?

「…あの、誰かさっき私の腕を掴みましたよね?」
「いや、私じゃないぞ」
「私でもないな」

アイオロスさんやサガさんが首を振る。そんな馬鹿な、冗談はやめてくれと部屋を見渡すが、誰もが首を振る。そもそも私から遠い所に座っているシャカさんやムウさんが私のことを掴めるはずはないし、でもそれじゃあ誰が?あの冷たい手は誰のもの?





真夏のとある夜の話

(・・・あ、明日にでも冥界勢を呼んでお祓いしてもらいましょう)
(へ、部屋変えたいとか・・・すみません、我儘ですね、ごめんなさい)
(いえ、手配しておきましょう)
(じゃあなまえ、人馬宮に)
(いきませんよ!)
(それにしても幽霊にまで連れて行かれそうになるとは、さすが世界に愛されていただけあるな・・・)
(シャカさん、今ならいくらでも拝みますから念仏プリーズ!!)
(では額を地面に擦りつけマントルまで掘り下げてみよ)
(善処します)

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