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※アンティゴネ夢主

人気のない柱の陰にようやく隠れることに成功してしゃがみ込んだ。遠くからはテティスちゃんとバイアンさんの私を呼ぶ声が聞こえる。だが、とても恐ろしくて出ていく勇気などなかった。


カノンさんに海界に連れてきてもらったのは良い。ここはとても美しい場所だった。

だが海界の人々は、聖域に一歩も引けを取らない濃いメンバーの集まりだったのだ。
彼らは皆優しい。そう、優しいことに間違いはないのだが、それでも一般人の私には少し刺激が強すぎる。

まずテティスちゃんとバイアンさんに挨拶代りのハグをされた…のは良いが押しつぶされて死ぬかと思った。情け容赦のない締め付けだった。たぶんカノンさんが止めてくれなかったら肋骨が全て粉砕していたに違いない。


肋骨が無事だったことへの安心から深いため息をついたとき、ふいに笑いながら柱を覗いてきたカノンさんと目があった。
「こんなところに隠れていたのか、なまえ」
そう言った彼を見上げて眉を寄せる。

「カノンさん、貴方はあのひとたちに一体何を言ったんですか、根も葉もない噂ばっかり!」
「いいや、真実だ」
「真実なわけがないです!みなさん、私がアイオロスさんにまたがって聖域を闊歩しているとか、世界の覇者とか、サガさんをへろへろのスライムにできるとか訳の分からないことを本気で信じていましたよ!!」
「真実だろう」

どこら辺が真実なのかまったく分からない。

そもそも世界の覇者と手合わせ願いたいとやってきた隻眼の男の子と命がけの鬼ごっこをしたり、素敵なスキンヘッドのおにーさんには「子供ではないか、一体どうして黄金聖闘士である双子座から骨を抜いたのだ」と言われたり、ルパ○三世もびっくりな変身をしてくれるおにーさんに驚かされたりとんでもない目にあった。生き別れの双子が私にいたのかと思った。

「それもこれも、カノンさんが海界の人たちに私のことを変な風に伝えるからです!私に興味を持っていただけたのは嬉しいですが、みなさんの想像する私と、実際の私の差が半端ないですよ!マリアナ海溝の底からエベレストの頂上くらいの差があります」

口早にそう言った私の隣で、カノンさんが柱に背中を預ける。そしてやはり彼は笑った。

「俺は嘘など言っていない。かいつまんで真実を話したら、あいつらが勝手に自己流の解釈を加えただけだ」
「一体何をどうかいつまんだら私が世界の覇者になるんですか」

口をとがらせてまた小さく息をついた。


「だが、中々面白いものだ。今までこんな風にふざけることはなかったが、悪くないな」
「カノンさんはいっつもふざけているイメージですけど」
「それこそとんだ濡れ衣だ」
「ソレントさんって人が、カノンさんは昔“俺が世界の神になるのだ、うわーはっはっは”って言っていたって教えてくれましたよ」
「それはふざけていたのではない」
「本気だったんですか、新世界の神になりたかった感じですか」

厨二病ではないかと言おうとして慌てて口をつぐんだ。そんなことを言ったら拳骨で頭蓋骨が陥没するかもしれないし、若いときは誰でも通る道…かもしれないからだ。
カノンさんは私の言葉に否定も肯定もせずに目を伏せた。


「視野が狭かった。今は、他に見るべき世界と、やるべきことを知った。…下らないことを楽しむということも知ったしな」

思い切りそれに巻き込まれている気がしたが、それに関しては黙っておくことにした。

「…まあ、貴方が楽しいのなら私はそれで構いませんが」

私の言葉に、カノンさんは笑みを浮かべて私の頭を撫でた。その手はやはり暖かく、そして優しいものだった。


(青年よ、今を楽しめ)
(それにしてもやりすぎたと思うのは私の気のせいか)

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