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「なまえ、今日こそはっきりとしてくれ」
「お前はどちらが好きなんだ」
「はあ…、」


ずいと顔を近づけられてそう問いかけられる。毎日毎日毎日、彼らもよく飽きないものだと思う。私はもうその台詞を聞き飽きたし、同じ返答を返すことにも疲れた。


「どちらでもありません」


さて余談だが、このやりとり、最初のころは回数を数えていたのだが、もはやそれすら諦めるほどに続いている。それはつまり、お二人は私の言葉など結局聞いていないということに他ならない。ただ確かなのはゆうに五十を超えるくらい、このやりとりはされているということだけである。どれだけ暇なんだとか、話題に乏しいんだとかは今更言わない。

「俺のほうがこいつのことを愛している」
「何を言うか、乱暴なお前より私のほうがなまえを幸せにしてやることができる」
「フッ、ちゃんちゃらおかしくて臍で茶が湧くような台詞をよくぬけぬけと真顔で吐けるものだな、サガ」
「あのぅ…」
「では聞くが、カノンよ。お前に何ができる?いつもなまえに面倒をみてもらうだけではないか」
「その台詞そのまま返してやる」
「カノンさん、サガさーん」
「…なるほど、お前は口で言っても分からぬらしいな、カノンよ」
「それはお前だろう、サガ」

ガタンと立ち上がったお二人に泣きたくなる。
これは喧嘩をするサインだ。そして家具を大量に破壊して部屋をぶち壊し、しまいには宮まで冥界に送って下さる合図だ。やめてください、いや切実に。片付けに参加させられる私のことも考えてくれ。すっかり大型の家具のばらし方が板についてしまった私のことも考えてくれ。そして大型家具をバラバラにしているところを見ていたシュラさんに、刃物を使う才能があるとかなんとか言われたが、全く嬉しくない。鋸の似合う女だとか大まじめな顔で言われた日には正直彼を壊れた家具と一緒に粗大ゴミとして捨ててやろうかと考えてしまった私は悪くないと思う。

だがそんなことより今はとにかくこの二人を止めるべき、というより止めなければならない。

「サガさん、カノンさん、あのっ!!」
「いくぞ、カノン!!」
「来い、サガ!!」


だがすぐに始まった殴り合いの大喧嘩にああもう駄目だと思って項垂れる。こうなったらお二人にはもう誰の声も耳に入らない。とりあえず早々にカノンさんに蹴り飛ばされて破壊されたソファが実に華麗に宙に舞うのを眺めながら教皇になんと言い訳をしようか考える。

…言い訳以前にそろそろクビか、よくて左遷される気がする。この不景気にそんなことになった日にはもう立ち直れない。お願いだから私から仕事を奪わないで!!


「私のほうがなまえを愛しているし、愛されている!!」
「寝言は寝て言え!俺に決まっているだろう」


だからどちらでもないと言っているのに!



「…はあ、黒ちゃん、」

ぽつりと以前の主を思い出して呟く。

あの頃は良かった。本当に良かった。懐古主義になりたくはないが、それにしても今の状況と比べればあの頃は遥かに良い待遇だったことには間違いない。彼はいつだって私の言葉を聞き漏らすことがなかった。その直後にかえってくるほとんどが拳骨や暴力の数々だったのは黙認しよう。それから膨大な量の仕事に忙殺されそうになったのも黙認しておこう。

だって結局いつもあの人は私の言葉を聞いてくれたし、正しいと思ってくれたことにはきちんとした対応を取ってくれた。

「ぶっ」

飛んできたクッションの勢いに押されて背中から地面に倒れこむ。痛い、痛い。
ちらりと見えたお二人は、私のことなどもはや眼中にも入らないのかいまだ殴り合い蹴り合いの大喧嘩を繰り広げている。誰か、あれを止めてくれ。私には無理だ。

じわりと視界がゆがんだ気がして目を強くつむって誤魔化す。知らない、大丈夫、まだ頑張れるでしょう、私!そう、まずはお二人の喧嘩を止めるところから始めよう。ついこの間教皇に見ていないで止めろと怒られたばかりなのだから、とにかく頑張って止めよう!!

そう必死に覚悟を決めて起き上がった私の顔面を次に襲ったのは、ものすごい勢いで飛んできたスリッパだった。それに再度倒れこんで今度こそあふれた涙を止めることなく流し続ける。もう駄目だ、スリッパでこの勢い、この痛さ。あの中に飛び込んだら死ぬ。私の命が危ない。そもそもお二人の耳に私の言葉は入っていないのに、私があの中に飛び込んだからってなんになるというのだろう。…主に私一人が木端微塵くらいにはなれるかもしれないが。

ああもうやめた。ついでにこの仕事も止めちゃおうか。私が仕えたい人はもうここにはいないのだから。こんな不景気だ、仕事をやめたらどうなるかなんてわからないけれど、実家に帰って適当に農業でも手伝って、平穏な日々を送って…ああ、なんだかそれがすごく良い案に思えてきた。

「もー、なんかそれでいいですよね、それで適当にお見合いでもして結婚して平凡な人生送って死ぬことに決めた」
「私がそれを許すと思うか」

ふいに陰に包まれる。私の前に立って日光を遮った人物に視線をやれば、赤と、目があった。

「、」
私の目の前に立っているその人は確かにサガさんであったのだが、彼はサガさんではなかった。

「…黒ちゃん?」
「その名で呼ぶなと何度言えば分かる?やはりお前のような能無しはせいぜい私にこき使われて死ぬのがお似合いだというものだ」

彼の背後ではカノンさんが茫然としているのが見えたが、そんなことはどうでもいいことに思えた。

「…うん、そうですね、そう約束しましたから」

貴方のために生きて死ぬってねと付け足して笑えば、彼は満足げな笑みを浮かべて私の襟首を掴んで無理やりに立たせた。乱暴なのはやっぱり何も変わっていないけれど、同時にクッションとスリッパに攻撃を受けた鼻に小宇宙を流し込んで治してくれるような優しさも変わっていなかった。

「黙ってみていたが、やはりこの馬鹿共にお前のような阿呆の世話は務まらんな」
「ふふ、そうなんですよ。私には貴方でなければいけないのです」

その言葉に笑みを深めた彼が私の腕を掴んで引き寄せた。ぐいと近寄った顔を見つめた。黒い髪、真っ赤な目、ああ、あの頃と何も変わらないと笑みを深めれば、彼も笑って言った。

「お前は私のものだ」


誰にも渡さないと言った彼の顔が近づいて、少し荒れた唇が触れた。懐かしいそれが、ひどく心地よくて目を閉じる。あとはもう、全て彼に任せてしまえばいい。どうせ長く続かない夢なのだろうことはよく分かっている。

(二人で逃げてしまおうか?)(そうできたらきっとひどく幸せだろうね)

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