Project | ナノ
「お前たちを呼び出したのは他でもない、今日こそきっちり灸をすえてやろうと思ったからだ」
「教皇、それはアルデバランの居合ポーズの真似ですか」
「ああ、多分な。それにしても似合わねえな」
「ふむ、言いえて妙なり」
「なまえ、コーヒー!」
「はいはい、今準備していますから」
「どうやらお前たちは一度吹き飛ばされたいらしいな」

こめかみを震わせたシオンさんがそう言うと、アイオロスさんは意味が分からないとばかりに目を丸くしてデスマスクさんを見る。デスマスクさんは肩をすくめ、彼の隣に立っていたシャカさんとミロさんは顔を見合わせた。

「お前たちの任務の成功率は申し分ない」
「恐れ入ります」
「恐れ入ります」
「恐れ入ります」
「恐れ入ります」
「恐れ入り豆」
「…なまえ」
「すみません、ふざけました。気にしないでください」

だってあまりにも四人の「恐れ入ります」が一糸乱れぬものだったから、ちょっとからかいたくなってしまったのだ。きゃっ、なまえちゃんったら、お茶目!「シャカさん、ごめんなさい、だから開眼してそんな冷たい目で私を見ないで」「ふむ、分かれば良い」そんなことを言いながら、人数分のコーヒーを準備して配る。シオンさんがそうしている間にまた口を開いた。

「成功率は申し分ないが、破壊率の高さに苦情が殺到している」
「いちいちクレームなんか受けていたら平和なんて永遠にやってこねえ」
「デスマスク、お前の場合一般市民を巻き込みすぎだ」
「なにっ、デスマスク!私はお前をそんな男に育てた覚えはないぞ!!」
「俺だってあんたに育てられた覚えはねえよ!!」

ぎゃあぎゃあと言い合いを始めたアイオロスさんとデスマスクさんにシオンさんがため息をついた。その間に私は扉を開けて換気をする。

「最近は経済状況も悪く、世界中で悪質な殺傷事件が頻繁している」
「その通りです、教皇」
「また、南米にはいまだに治安の落ち着かぬ都市が多い」
「全くです」
「ということでお前たちには今日から長期任務に出てもらうことにした」
「お待ち下さい、教皇!」
「なんだ、ミロよ」
「なまえを連れて行っても?」
「ええええ、なんで私?」
「なに、それなら私も」
「はん、お前らじゃせいぜい戦場にこいつを置き去りにして悪戯に怖がらせることぐらいしかできまい。だからここは俺がローマの案内を」
「なまえ、カレーは好きかね」
「え?大好きです」
「ならば本場のカレーを食わせてやろう」
「うろたえるな、小僧共!!!」

ぴしゃりと怒鳴りつけたシオンさんに教皇の間はしんと静まり返る。ふと、彼がこちらを見た。その目がひどく鋭くて、小さく声を漏らせばシオンさんが立ち上がり歩み寄ってくる。え、これは殺されるんですかね。お前のコーヒー不味いんだよ的な感じですかね。

「そんな理不尽な!許してシオンさん、でもそれ豆から挽いたんじゃなくてインスタントなんです!だから私がどんなに頑張っても味は変わりません!」
「何を訳わからぬことを言っているのだ」

手をばたばたとさせながら言い訳をしまくれば、目の前に立った彼がため息をつく。そして扉を指差してもう言った。

「この小僧共が騒ぐから下がれ」
「実にすみません」
「お待ちください、教皇!なまえを連れて行く許可を頂かないとこちらも譲ることができません!」
「ああ、譲らぬままで良いから一人で行け。なまえ、ご苦労だった」
「いえ、失礼します」

幾分つかれた顔でそう言って頭を撫でてくれたシオンさんたちに一礼して部屋を出る。彼からいくつか書類を受け取り、教皇ってやっぱり大変な仕事なんだなあなんて考えて、後で何か甘いものを差し入れることにして執務室に向かう。とりあえずこの書類をサガさんに渡した後は、沙織ちゃんに紅茶を持っていく時間だ。

腕時計を確認しながら執務室へ向かう。
「なまえ?」
「あ、サガさん」

だが、執務室にたどり着く前に背後から声がかかる。振り返った先にはやはり彼がいて、微笑みを浮かべて歩み寄ってきた。

「教皇の間に寄っていたのか?」
「はい、コーヒーの準備に。あ、これ新しい書類です」
「ああ、ありがとう。…報告書のまとめだな」
ぱらぱらとページをめくりながら簡単に確認をしたサガさんがため息をついた。それを眺めていて、サガさんが眠たそうに何度か瞬きをしたり眉を寄せたりしたのをみて気がつく。

「…また徹夜しましたね!」
「いや、一時間寝た」
「ほとんど変わらないですよ、それ」

睡眠はとったときっぱりと言ったサガさんに苦笑して時計を見る。「あと一時間くらいしたら、執務室に行きます。そうしたら書類の整理を変わるので少し休んでください」「だが」「休んでください」、黙り込んだサガさんにもう一度休んでくださいと言う。そうすれば彼はくすりと笑みを漏らしてわしゃわしゃと私の頭を撫でた。

「ありがとう、なまえ。いつもすまない」
「どういたしまして!」

そして、一度そこでサガさんと別れて沙織ちゃんの部屋に向かう。彼女の部屋にいたムウさんとアイオリアさん、それからカミュさんにも紅茶とお茶請けを準備して机の上に並べた。それにお礼を言ってくれた沙織ちゃんがふと私を見ると口を開いた。

「なまえさん、なまえさん」
「なあに、沙織ちゃん」
「じゃがいもは、どうやって育てるのでしょうか?」

木になっているものなのかと聞いてきた沙織ちゃんに危うくティーポッドを落とすところだった。ムウさんが苦笑して土の中になるんですと言えば、何故かカミュさんまでひどく驚いた顔をしてこちらを見た。

「え、カミュさんってフランス出身ですよね?農業大国なんじゃ…」
「だが、私は本当に幼いころに聖域に来て、後はシベリアで過ごすことが多かったから」
「ああ…、シベリアじゃじゃがいもは作れないですねえ…」

ところで一体どうしてじゃがいもの育て方が気になったのかと沙織ちゃんに聞けば、彼女はほわりと笑みを浮かべて蒸かし芋を作りたいのだと言った。

「星矢たちと食事をしたのですが、シェフの作ったものよりそういったもののほうが美味しいと。私も食べてみるべきだと言われたのですが、その…恥ずかしながら、私にはよく分からなくて」
「それでじゃがいもを作るところから始めようとしたの?」

どこまでも真っ直ぐで可愛い沙織ちゃんの頭を撫でれば、彼女はさらに笑みを深くして頷いた。そんな沙織ちゃんのためにじゃがいも作りを伝授してあげたいところなのだが、生憎私はじゃがいもの詳しい栽培方法は知らない。アテネの市場でお店を出しているおばあちゃんのじゃがいもが安くて美味しいということしか分からない。じゃがいもの栽培、か。…植えておけば、なんとかならないものだろうか。

「それでしたら、アルデバランに聞くのが良いでしょう。彼はよくロドリオ村で農作業の手伝いをしていますから」
「なまえも一緒に行って来たらどうだ?…そうだ、その際にアテナもご一緒されては?」
「まあ、アイオリア。それは素晴らしい案です」

にこにこと笑いながら楽しみだと言う沙織ちゃんに私も笑う。ロドリオ村にはよく行くし、村の人たちとも親しくさせてもらっている。農作業のお手伝いがてら、端っこのほうでじゃがいもを栽培させてもらえるよう今度お願いしてみよう。駄目だったとしても、じゃがいもなら…、花壇とかでなんとかならないだろうか。

そんなことを考えながら、しばらくその場で会話に花を咲かせる。そしてそろそろ執務室に向かうことにして使っていないティーセットを片付ける。あとでまたカップを片付けに来る旨を伝えて部屋を出た。小走りで執務室に向かう。今から書類の整理をして、そのあとは沙織ちゃんの部屋に戻ってカップを片付ける。そうしたら今度は厨房で夕食作りのお手伝いをして、それを沙織ちゃんに運んで、夜は、ええと、今日の予定はなんだったっけ?後で部屋に戻って確認しなきゃ、と思ったところで執務室に到着して中に入る。

「なまえ」
「サガさん、変わりますから休憩どうぞ!」
「ああ、すまないな」
目があったサガさんと交代するように部屋に入る。すぐに戻るという彼にのんびり休憩してもらって構わないと告げて棚からファイルを取った。分類別に書類を分けてファイルに詰めていく。まだ終わっていないものも先に分類別に分けて、あとはサガさんのサインを書くだけで済むように机の上に準備しておく。それから給湯室でたまったコーヒーカップを洗い終わり、それを拭いているときに、執務室に誰かが入ってきた。ちらりと見えた金髪に、ああサガさんだと思って給湯室から顔を出す。

「まだ休憩していて大丈夫ですよ!…って、カノンさん?」

手を拭きながら給湯室から出て執務室に入る。こちらを振り返ったのはやはりサガさんではなくカノンさんで、彼が少しだけ訝しげな顔をして私を見た。

「なまえか、サガはどこだ?」
「休憩中です」
「あいつに休憩をするという技術が備わっていたとは驚きだ」
「ふふ、カノンさんはしばらく海界に行っていたんですよね?お疲れ様です!」

そう言って笑った私に彼が海界も騒がしいがここも騒がしいなと言ってため息をつく。恐らく教皇の間に寄ってきたのだろうと考えて苦笑した。私が出たときのままの状況だとしたら、きっといまだに彼らは騒いでいるのだろう。カノンさんから報告書を受け取って、チェックをもらうためサガさんの机の上に置いた。

「それで、お前はここで何をしていたんだ」
「書類の整理と片付けです」
「…お前もサガに似て仕事が好きな女だな」

たまには休んだらどうだと言いながらソファにどっかりと座ったカノンさんに、私だってしっかり休んでいると言う。アイオロスさんと鬼ごっこしたり、シエスタをしてみたり、何故かアイオリアさんのトレーニングに付き合って死にかけたり、…あれ?これって休憩なのか?

「なまえ」
「はいはい、なんでしょう、カノンさん」

コーヒーですか、紅茶ですか、お茶ですかと続けて聞いた私に彼が呆れたような表情を浮かべた。

「仕事の話から離れろ」
「あれ、別の話でした?」
「ああ、別の話だ」

そう言った彼が、彼と向かい合う位置にある椅子を顎で指し示した。それがよく分からずに、彼の目の前で突っ立ったまま首を傾げれば、カノンさんは目を伏せて座れと言う。意味が分からなかったが、とりあえず指示されたとおりに椅子に座る際、目に入った机に小さな汚れがついていることに気が付いてハンカチでこする。あれ、これなかなか落ちないな。さらにこする。だめだ、落ちない。あとで雑巾と洗剤を持ってこようと思ったところで、カノンさんが私を見ていることに気が付いて顔を上げた。

「なんです?」
「お前の楽しみは掃除か。お前の生きがいは仕事なのか」
「まさか!私の楽しみは、カレー食べている時とか洗いたて干したてのシーツを使ってシエスタする時とかです!」
「些細すぎる楽しみだな」

そう言ってわずかに笑みを浮かべたカノンさんに私も笑った。

ところで彼は私を座らせて一体なにがしたかったのだろうかと気になって問いかける。「それで、お話ってなんです?」「何もない」「は?」「そういった意味で言ったわけではない」、何か特別な意味があるわけではないと続けて言った彼に首を傾げる。そんな私を見たカノンさんが言った。

「海界ではろくに話も聞かずに騒ぐクソ餓鬼ばかりだ」
「はあ、そうですか」
「サガも人の話を聞く前に勝手に誤解して鉄拳制裁をしてきやがる」
「えええ、意外と乱暴ですね」
「聖域だってそうだ、常識を無視する奴ばかり」

俺の周りはそんな奴らばかりで疲れると言ったカノンさんに、彼も中々特徴的な性格をしていると思ったがそれを言うときっと拳骨が飛んでくるのだろうと思って黙り込む。カノンさんはそんな私を気にせずに話を続けた。そして持ち出された話題それこそが彼の言いたかったことだと理解して、私は二つ返事でそれを了承する。何が楽しいのかは分からないが、本当は優しい彼がそうしたいのならそれで構わないと笑えばカノンさんは、満足げに、もう一度同じことを呟くのだった。


「たまには俺と話せ」

そしてカノンさんが、少しだけ笑った。

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