Project | ナノ
「私だ」
「私よ」

ぴしりと空間に亀裂が走った気がしてため息をつく。心なしか頭痛もする。やはり会わせるべきではなかったのだろうかと考えながら、巻き込まれぬように距離を取って座り込んだ。宮を通りすがったミロが何事だと目を丸くして、それに事情を説明すれば呆れたように顔をしかめて首を振った。

「子供ではないか」
「笑えないのはあの女が神話の時代に長い時間を生きたセイレーンだということだ」
「つまり、シオン様と貴鬼が本気で喧嘩をするようなものか」
「そうだな」

人間相手に情けないとも思うが、その喧嘩の原因に自分がいるとなっては笑ってもいられない。いや、俺は悪くない。俺は断じて悪くない、はずだ。

原因は、ほんの三十分前に遡る。
いつも海界で退屈そうに過ごしているものだから、ついうっかり些細な思い付きで聖域に連れてきてしまったのが運のつきだったのだ。対面したサガとなまえは最初こそよく親しくしていた。二人して紅茶を飲みながら、気に入りの本や作家について議論を交わして楽しんでいたのだから、それは間違いない。
が、昼食が問題だったのだ。

私が作ろうと言ったサガになまえがストップをかけた。そして大真面目な表情で「カノンのご飯を作るのは私の仕事よ」ときたものだ。サガも適当に流せばいいものを、妙に張り合って聖域にいるときくらいは自分が作ると言って譲らない。いい年をした大人二人がなんともみっともないことだ。…というより、そもそも兄は料理などしただろうか。

そんな一抹の不安を、今はどうでもいいと思考から追い出してもう一度ため息をついた。隣で立っていたミロが腰に手を当てて肩をすくめた。

「カノン、ご愁傷様といったところか?」
「放っておけ」
「だが、そろそろ止めに入るべきだ」

そう言ったミロに、ちらりと二人を見る。確かに一触即発な雰囲気である。というより、ただの昼食当番を決めるだけの話で、何故あの二人は小宇宙を燃やしているのだろうか。

「男子厨房に云々って言うでしょう」
「時代は変わったのだ、なまえ」
「そんなことを言ってサガ、貴方はカノンの好みを知らないでしょう。だから私に任せて」
「何を言うか、なまえ。私たちは双子だ、好みくらい分かる」
「でも私はもっと正確に分かるわ!貴方が彼を放っている間ずっと一緒にいたのだから!」
「ほ、放っていたわけではない!!私にも事情が」
「何よ、個人の事情で双子とはいえ他人を水牢攻めにしていいと思っているの?文句があるならかかってきなさい」


眺めていたミロが、大人気ないと呟いて歩き始める。ムウのところに用があると言った彼に別れの挨拶を告げて俺も立ち上がる。大人気ない、か。いや、まったく実にその通りだ。とうとう歌ってやるとまで言い始めたなまえの背後に立って、その頭に拳骨を入れる。こんなくだらない敵対関係の相手を呪い殺すつもりかと言えば、頭を抱えたなまえがこちらを見て黙り込んだ。


「…ごめんなさい、歌うのはなしね。頭に血が上っていたわ、カノン」
「分かったのならいい」
「だから殴り合いね!さあいつでもかかってきなさい、サガ!」
「どうしてそうなったのか一から説明しろ」

黄金聖闘士のサガに殴り合いで勝てるものかともう一度頭に拳骨を入れてため息をついた。そうしてなぜか勝ち誇った顔をしているサガにため息をつく。ああ、そうだ。忘れていたが、思い出した。その事実を念頭に入れて口を開けば、その言葉になまえが目を丸くして俺を見上げた。

「昼食は、なまえが作る」
「な、なぜだ!カノン、遠慮など入らん、私の料理を食べていけ」
「ふざけるな、シュラに聞いたぞ。お前は料理ができないはずだ」

そもそも切る、炒める、焼くなどの概念が存在していないのかもしれないと顔を顰めて呟いたシュラを思い出す。
確か、彼は断りきれず消し炭を食べさせられた、はずだ。それの二の舞だけはごめんだと首を振ってなまえの背中を押した。


「料理はこいつが作る」
「カノン…!任せて、食材3割、愛情9割の料理を作るから!」
「割合がおかしいことに気付け」

ウィンクをして厨房に駆けて行ったなまえにため息をつく。頭の悪い女だが、料理には問題はない。それはこの13年間でよく分かっていることだ。サガに調理を頼むという冒険をする必要はないのだと考えて椅子にどっかりと座れば、目の前に立っていたサガが目を伏せて笑った。

「…随分と信頼しているのだな」
「…そんなものではない」
「いいや、私は嬉しいよ、カノン。お前にもそのような者がいてくれたということが、嬉しい」

微笑を浮かべた兄をちらりと見て、すぐに視線を逸らした。

「…そうか」
「ああ。…では、私はコーヒーでも淹れてこようか。私とお前と彼女の分を」

そう言って再び笑ったサガが踵を返した。だがすぐに聞こえてきた爆発音に、やはりサガに料理を頼まなくてよかったと心の底から思う。そして厨房から目を丸くしてこちらを覗いたなまえとともに、おそらく粉々になって壊れているだろうコーヒーメーカーのもとへ足を進めた。

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