Project | ナノ
「なまえ、紅茶を頼めるかい」
「コーヒー」
「俺はエスプレッソを頼む。あと砂糖を持ってきてくれ」
「はいはい、了解しましたー」

間延びした声で返事をしながら執務室を飛び出していったなまえの背中を見送ってため息をついた。それに気が付きこちらに視線をよこしたデスマスクとアフロディーテ、そしてシュラに言う。

「たまには自分で準備をしたらどうなのだ」

馬車馬のごとく働かされるなまえが幾分哀れだと言えば、アフロディーテがくすくすと笑って口を開く。

「貴方は本当になまえを可愛がっているね」
「はん、ただの独占欲だろ」
「ではデスマスク、お前のそれは嫉妬か」
「なんだよ、山羊、やるのか!?」
「ふん、文句があるのならかかってこい。叩きのめしてくれる」
「落ち着かないか、お前たち!」

執務室で暴れるなとそう怒鳴りつければ、おとなしく席についた二人にため息をつく。それを見てアフロディーテがまたくすくすと笑い「苦労するね」と言って、長い髪を掻き揚げた。

「なに?」
「ほら、そんなことをしている間にもお姫様のお戻りだ」

おまけつきでねと、可笑しくて仕方がないといったように笑ったアフロディーテが扉に目をやった。つられてそちらに目をやれば、なるほどなまえとアイオロスが二人並んで戻ってくるところだった。

「サガ、なまえがひどいんだ!お前からも言ってくれ!」
「何がひどいもんですか!アイオロスさんこそ冷静になってくださいよ!!」
「私はいつでも冷静だ!!」

ぎゃいぎゃいと騒ぎあう二人に何事だと言えば、アイオロスが澄ました顔でこちらを見るとすぐに真剣そうな表情を浮かべて握り拳を作る。

「なまえがおはようのハグをしてくれない」
「いいですか、日本にハグという文化はありません。それを念頭においてからもう一度考え直してみてください」
「…よし、アイオロス、そこになおれ、そしてお前の望みを言うが良い。異次元旅行か、それとも星の砕ける様が見たいか」
「どちらも遠慮させてもらうよ」

そういって肩をすくめた彼が任務の報告書だと言って書類を差し出してくる。それを受け取り、簡単に目を通して頭を抱えた。「…なんだこれは」「報告書だ」「ふざけるな!“敵発見、制圧完了”しか書いていないではないか!!」「あっはっは、簡潔で分かりやすいだろう?」頭に手をやって笑ったアイオロスに書類をたたき返す。それを見ていたアフロディーテがまたおかしそうにくすくすと笑った。なまえは目をぱちりとさせながらこちらに紅茶を持ってくる。

「アイオロスさん、書類はばっちりだって言っていたじゃないですか」
「ばっちりだ。サガが細かすぎる」
「いいや、お前が大雑把すぎる」
「サガが」
「お前だ」
「サガ」


ああ、もういい加減にしないかと言うため口を開こうとしたところでなまえがへらりと笑った。

「でも確かにもう少し書いてあったほうが、ファイルに仕舞う時に分類しやすいですね」
「よし、書き直してくる。そうしたらなまえ、完成おめでとうのハグを」
「なんですか、それ」
「……アイオロス」
「そんな顔で睨むことないだろう、サガ!…そうだな、一時間くらいしたらまた出しに戻ってくる。なまえ、その時グリークコーヒーを頼めるかい」
「ええ、分かりました」

笑顔で了承したなまえの頭をわしわしと撫でたアイオロスが執務室を出て行った。これで静かになると思って、彼女が渡してくれた紅茶に口をつけて礼を言おうと口を開いた瞬間、執務室の扉がまた開いた。覗いたあちこちに跳ね回っている金髪の持ち主は、ミロだ。

「なまえ!」
「ああ、ミロさん。おはようございます」
「アイオリアとカミュと競技場で候補生の訓練をつけるから、昼食を持ってきて欲しいのだが!」
「えーと、いつもの場所ですか?」
「頼めるか?」
「はい、了解です!」
「悪いが頼んだぞ」

そういってミロが出ていくと、なまえがこちらを振り向いて頭を下げる。「ご飯の準備をしてくるので、少し失礼します」そう言った彼女に、苦笑して答える。まったく多忙にもほどがある。そうして彼女が部屋から出ようとした瞬間、飛び掛かってきた何かを支えきれず地面に倒れこんだ。

「ぐふ…っ!って、沙織ちゃん!!」
「なまえさん、大変です!パンを焼いていたはずなのに、炭ができたのです!!」
「あー…、火力を強くしすぎたんだね」
「星矢たちに持っていこうと思ったのですが…、これを持っていったらダメでしょうか?」
「う、うーん、これはさすがに星矢君たちでも…ああ、そんな泣きそうな顔をしないで!今から厨房に行くから!一緒に作り直そう!!」
「なまえさん…!!ありがとうございます!!」
「これは…、焦げをとって…ラスクっぽいものとかにできないかな。それともスープにつけてみたり?…うん、料理長さんに聞いてみようか!」
「はい!」

ぎゅーとなまえに抱き着いたアテナがにこにこと笑みを浮かべて立ち上がる。なまえもすぐに立ち上がり歩き出そうとしたが、さらに飛び掛かってきた陰に今度は壁とそれに挟まれることになった。

「ごふっ」
「なまえ、完成したぞ!!」
「は、早いですね、アイオロスさん!まだコーヒー淹れてないですよ!!それから突進してくるのはやめてください。潰れます、本気で潰れます、そして死にます」
「じゃあハグで良い」
「いや、ちょっと言っている意味が分からないです」

困った顔をしたなまえにぎゅうぎゅうと抱きつくアイオロスを眺める。彼女が逃れようとジタバタもがくのを眺める、


眺める。




眺め…



……眺めるだけで済む問題ではないではないか!



「…アイオロスッ!!お前はいい加減なまえに無理強いをするのはやめないか!!なまえも今度こいつが触れて来たときは容赦なく目つぶしをしてやると良い、分かったか」

そもそも彼女と私がそういった関係にあるのを知っているくせに、なぜ私の目の前でこのような嫌がらせに近い行為に及ぶのか。悪いがまったく理解できそうにないと深くため息をついた。

「サガ、男の嫉妬はみっともないぞ」
「黙れ、アイオロス」

そもそもなまえは私の恋人であるというのに、なぜ誰も彼もべたべたべたべたと彼女にスキンシップを図ろうとするのか。なまえもなまえだ、もっとはっきりとNoという意思表示をすべきだというのに、

……いや、それはおいておこう。優柔不断ともいえるほどに優しい彼女に私が引かれたこともまた、間違いではないのだから、それを責めるのはお門違いというものだろう。ともかく今の問題は、アイオロスだ。隙あれば、という考えが見え見えすぎて逆に爽快だと彼の青い目を睨み付ける。だが目の前の男はさした気にした様子もなく笑みを浮かべた。

「余裕がない男も情けないと思う」
「ふん、女性の気持ちもくまずにセクハラ紛いの行為をする男には言われたくない」

下らないと自分でも分かる言い合いにデスマスクが呆れたようにため息をついたのを聞きながら眉間のしわをそのままにアイオロスを睨めば、なまえが一瞬困った顔をする。だがすぐにアテナが彼女の服の裾を引いて笑みを浮かべた。

「いつものことです。さあ、なまえさん、私たちは厨房に参りましょう」
「え?あ…、うん、分かった」
「なに、なまえ、厨房に行くのかい」
「ええ、沙織ちゃんとパンを作りに。それからミロさんたちのお昼ご飯を…」
「私も手伝おう」
「え、そうですか?じゃあお願いします」

笑みを浮かべたなまえの頭をもう一度撫でたアイオロスがアテナとともに先に歩き始める。なまえはこちらを振り返りお辞儀をしたあとにその後を追おうとした。それを見たアフロディーテが笑みを隠しもせずに目を伏せて「追いたいのなら追えばいいじゃないか」と言う。

「………」
「書類なら問題はないよ。あの二人に問題はあるかもしれないけれど」
「…すまない」

がたりと立ち上がって山積みにされた書類から目をそらした。そして執務室の向こうから聞こえてくるアイオロスとなまえの声のほうへ足を進めた。靴音に三人が振り向く。私も手伝うと言えば、彼女が私の名前を呼んで笑みを浮かべるのが見えた。そうして一緒に来てくれるのかと嬉しそうに言う。その笑顔があまりにも柔らかでかわいらしいものだったから、つい頭を撫でてしまうのは仕方のないことなのだ。

(ところでサガさん、背中に紙がついていますよ)
(紙?…“太目な彼氏募集中”、…アイオロス、お前か!!)
(あっはっは…!さて、なんのことだかまったく分からないよ、サガ)

top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -