「気真面目だったな。それから細かいところにうるさかった」
顔をあげたアイオロスさんが、天井を眺めながらそう呟いた。その言葉を聞いたデスマスクさんも頷いて頬肘をつく。
「俺なんて借りた本を元あった場所の二つ横にずらしておいたら夜中まで説教されたぜ」
「私なんて書類の誤字脱字で背負い投げされたぞ」
「めちゃくちゃ厳しいじゃないですか!」
「ああ、厳しかったぞ。今も厳しいけど」
書類の誤字脱字で背負い投げって…。気をつけよう、と思いながら紅茶を淹れる。茶葉の良い香りが広がって、それに頬が緩むのを感じているとアフロディーテさんが笑った。
「でも優しかっただろう?ほら、アイオリアがアイオロスに叱られて、宮の陰で一人で大号泣していたときとか慰めていたし」
「アイオリアさんをサガさんが?」
「っ、アフロディーテ!!そんな昔の話をするな!!」
「なに、リア、泣いていたのか」
顔を真っ赤にして立ち上がったアイオリアさんにつられて、何故かアイオロスさんも立ち上がる。それを眺めていたシュラさんが一つ頷いて先程淹れた緑茶に口をつけた。
「…実によく泣く子供だった」
「そうか、リア…、泣いていたのか…。よし、今なら兄ちゃんの胸に飛び込んで泣いても良いぞ!」
「ふざけないでくれ、兄さん!!」
「それから騒がしかった」
「シュラ!!」
「そうそう。俺たちが面倒見切れなくて逃げ出すほどにはな」
「けど、サガはいつもしっかり面倒を見ていたね」
デスマスクさんとアフロディーテさんが書類で紙飛行機を作りながらそういった。手もとの書類に超重要と赤い判子が押してあったのは私の気のせいだと思う。アイオリアさんは耳まで真っ赤にしたまま座りこんで両手で顔を覆ってしまった。アイオロスさんがすかさずちょっかいを出しに行く。
「シャカはサガによく懐いていましたね」
「それは君のことではないのかね」
「俺、サガに寝る前に昔話をしてもらったことあるぞ」
「ああ、あの人は修行中こそ厳しいが日常生活ではとても優しかった」
「そうだな、俺などよく買い物に付き合ってもらっていた」
「私には厳しかったけれどね!」
あいつは年下ばかり可愛がるんだとそういったアイオロスさんが私を見た。しばらくの沈黙。秋のお昼、ぽかぽかの日差しが差し込む執務室で皆が私を見る。その視線に一瞬後ずさると、アイオロスさんがぽつりと呟いた。「年下だ」、その言葉に首を傾げた瞬間アイオロスさんがもう一度、今度はさっきより大きな声で言った。
「なまえはサガより年下だな!年下好きのあいつより私にしないかい!」
「私は年下だからなまえが好きなわけではない。というか勝手に妙な設定をつけるな」
ばしりとファイルでアイオロスさんの頭をはたきながら部屋に入ってきたサガさんが、部屋を見渡して呆れたように溜め息をついた。「雑談をしていないでさっさと報告書を仕上げないか」と、その言葉にアフロディーテさんが笑った。
「仕事中は厳しいサガのご登場だ」
「きっちり書かないと背負い投げされるぜ。お前ら誤字脱字に気をつけろよ」
「怒られた時は泣いたら慰めてくれるんじゃないのか」
アフロディーテさんに続いて、そう言って笑ったデスマスクさんとシュラさんにサガさんが首を傾げた。横目で見ていたらしいムウさんがくすりと笑って、アイオリアさんがまた顔を真っ赤にした。
「シュラ!」
「なんの話だ?」
「サガさんのちっちゃいころのお話を聞いていたんです!」
気まじめで誤字脱字をすると背負い投げをしてくるけど優しくて厳しい人だったんですねと言えば、サガさんが目を丸くした。デスマスクさんが「俺たちに聞いたことをそのまま言ってどうするんだよ」と呆れたように言ったが、その時にはサガさんはもう微笑みを浮かべていつもの椅子に座っていた。
「面白い話ではないだろうに」
「そんな!私、サガさんのことだったらなんでも、あ」
ぴゅうとデスマスクさんが口笛を吹いて、とんでもなく恥ずかしい事を言いかけたことに気がついて頬が熱くなった。危ない危ない、皆さんの前でそんな恥ずかしい事口が裂けてもいえるものか。
「じゃあ、なまえ、私しか知らないサガの子供時代の話をしてあげよう」
「え、なんですか、アイオロスさん!」
「アイオロス、余計なことを言うな」
「毎晩鏡の前で全裸になって四時間ぐらい自分の体をうっとりと見つめていた」
「え…」
「しかも極め付けに“ふつくしい…”って言うんだ」
「ありもしないことをなまえに教えるな!!!」
「はっはっは!ということで私はこの書類をシオン様に出しに行ってくるぞ!」
「待て、アイオロス!!!」
ばったんばったんと駆けだしたアイオロスさんとサガさんが出て行った扉を見つめる。一瞬しんと静まり返った執務室で、呆けた私の顔を見たミロさんが吹きだした。そんなひどい顔をしていただろうか。
「えー、と」
「なまえ、知りたかったサガのことなにか分かりましたか?」
にやりと笑ってそういったムウさんに頷く。
「恐らく、昔からああやってアイオロスさんとかのことを追いかけていたんだろうな、ということが分かりました」
そういえば私もアフロディーテさんにもらった毒薔薇で薔薇風呂を作った時追いかけられたな。
「……、」
「なまえ?」
「…サガさんって鬼ごっこ好きなんですか?」
その言葉に執務室の皆さんが吹きだした。
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