Project | ナノ
「なまえ――!!!」
「ぎゃあああっ!!嬉々として追いかけてくるの何なんですか!暇なんですか、そうなんですか!!」

しばらく忙しくて冥界に来ることができなかったのだが、パンドラちゃんがサガさんに何か言ったらしい。突然三日の休みをもらえたかと思えば冥界に送り込まれた。…のは何も問題ない。冥界の人たちは皆優しいから好きだ。好き、だけれど、やはりこうなるのは目に見えていた。


恒例となった、冥界鬼ごっこ。


「はあっ、ちょ、…お、追いかけるの、やめてください!銀髪おにーさん!!」
「ならば逃げるのを止めろ!」
「じゃあ追いかけるのも、止めてくだ、…はあっ、…さいよ!」
「ならばエリュシオンに来い!ヒュプノスも待っている!」
「無理です駄目です!私今晩はパンドラちゃんと寝るんです…っ!」

この間エリュシオンに引きずり込まれた時は三日間帰れなかった。沙織ちゃんが迎えに来てくれたから良かったものの、あれには困った。そして、今回の滞在日数は三日間しかない。今ここでエリュシオンになど行ったら、パンドラちゃんたちと何の交流もできずに終わってしまう!それは困る!だって今回はパンドラちゃんとスイートポテトを一緒に作るって約束をしているのだから!それから一緒に色々話をしたり、お茶を飲もうって約束しているんだから、絶対にエリュシオンには行けないのだ。

「やややっ、そこにいるのは素敵眉毛おにーさんとアイアコスさん!さっきぶりですね!」
「…もうその呼び名に対しては何も言うまい。また逃げているのか、なまえ」
「だって銀髪おにーさんが追いかけてくるんです!あの人は猟犬か何かですか!私は獲物じゃないですよ!?」
「逃げられると追いかけたくなる気持ちは理解できるな」
「アイアコスさん、そこは理解しなくて良いところですよ」

だが今回はどうやら上手くまけた…らしい。後ろから銀髪おにーさんはもう追って来なかった。よかったよかった。一時は包丁持って来られたから捌かれるかと思った。ルネさんには走り回っていたら物凄い形相で睨まれて裁かれるかと思った。え?上手くないって?なまえちゃん傷ついちゃうぞ、ぷりぷり!

「ちょ、そんな冷たい目で見ないで下さいよ、アイアコスさん、ラダマンタさん」
「ラダマンティスだ」
「ラダマンタ…、バレンタイン辺りが聞いたらぶちぎれそうだな。…ところでなまえ、料理が得意って本当か?」
「え?得意かどうかは分かりませんが…、よくします」
「じゃあ後で何か作ってくれよ!」
「でしたら、後でパンちゃんとスイートポテトを作るので出来上がったら持って行きますね」
「よし!頼んだぞ、なまえ!」
「わ、ちょ、や、やめてください、アイアコスさん!!」

わしゃわしゃわしゃと髪の毛をかきまわすように頭を撫でてきたアイアコスさんからなんとか逃げ出す。うわあ、ぐしゃぐしゃだ。ふと触れた髪はあらぬ方向にはねていた。雀の巣みたいだ。その様子を見ていたラダマンティスさんが溜め息をついて腰に手を当てた。

「アイアコス、お前は加減というものを学ぶべきで」
「説教はごめんだぜ、ラダマンティス」
「話は最後まで聞かんか!!」
「なんか…、サガさんみたいですね、ラダマンティスさん」
「な、」
「しっかり真面目で、叱るところは叱りつつ頼れるお兄さん的なポジションなところとか、すごく似ていると思います」
「違う!聖闘士と冥闘士を一緒にする…」
「見つけたぞ、なまえ!!!」
「ぎゃああああ!銀髪おにーさん!うわっ、なんかレベルアップしてる!!」

右手に包丁、左手に鎌!怖いよ、何ですか、その凶器は!!彼はまさに私を殺す気でいるに違いない。こんなところで死んでたまるかと素敵眉毛おにーさんとアイアコスさんに頭を下げて駆けだした。二人は憐れみの視線とともに手を振ってくれたが、それに手を振り返す余裕など今の私には無かった。とにかくダッシュだ、死にたくない。

「言って分からんのなら身体に叩きこむまでだ!エリュシオンに来たくなるようにな!」
「いやいや!その手に持っているものは叩きこむものじゃなくて刻み込むものですよ!」
「なんだ、刻まれるのが望みか!ならば期待にこたえてやる!」
「こわああああ!!止めてくださいよ!勘弁してください!!」

一体誰がそんなものを希望するというのか!自分の体が切り刻まれることを希望する人はいないと思うのだが、彼の思考回路は一体どうなっているんだろう?ああ、やばい、足がもつれてきた。対して振り返り際に見えた銀髪おにーさんは一切息も乱れていないし、それどころかスピードが上がっていた。

「は…、あっ…!」
「さあ観念しろ、なまえ」
「無理です…っ!」

そう叫んで廊下の角を曲がった、瞬間腕を掴まれ部屋にひきずれこまれた。かと思えばすぐに扉が閉まる音が聞こえたのだが、私はそのまま何か、恐らく寝台の下に乱暴に突っ込まれた。その拍子に打ちつけた後頭部を必死で押さえていると、扉が乱暴に開かれる音がした。

「ミーノス!!なまえが来なかったか」
「これはタナトス様。なまえ?そうですねえ、今部屋の前を物凄い勢いで駆けて行った音がしましたが、ここを真っ直ぐ行くと行き止まりですので、そこの角を曲がったのではないでしょうか」
「そうか、邪魔したな」

そういった銀髪おにーさんの声が聞こえたのとほぼ同時に扉が閉まる音が部屋に響いた。扉の向こう、廊下からはばたばたと駆ける音と私の名前を呼ぶおにーさんの声。良かった、別の方向へ走って行ってくれたようだ…。
のそりと寝台の下から這いずって出ると、笑みを浮かべて私を見下ろしているミーノスさんと目があった。どうやら彼が助けてくれたらしい。なんだろう、今ならミーノスさんの言うことなんでも聞けちゃうかも!…やっぱり前言撤回、ミーノスさんのことだ、とんでもないことを要求してくるに違いない。

「一体何をしていたんです?」
「ああっ、刻まれるところだったんですよ!助けてくれてありがとうございました」
「きざ…?」

寝台の下から出終わり立ち上がる。すぐ横に立っていたミーノスさんは私の言葉に眉を顰めたが、特にそれ以上聞くことはなかった。私もそれ以上言うことはなかったので頭を下げて再度お礼を言って部屋を出ることにした。多分、ここはミーノスさんの私室だと思う。あんまり長居するのは申し訳ない。

「ということで、あの、本当にありがとうございました」
「何がということで、なんですか」
「いや、そこはお気になさらず。では、失礼します」
「おや、せっかく助けてあげたというのに私になんの見返りもなしですか」
「ええー、やっぱりなんかしなくちゃ駄目ですか?」
「いえいえ、何もしたくなければ結構ですよ。ここにタナトス様が戻って来るだけです」
「喜んで何でもお受けします」

もう足ががくがくしているんだ。これ以上おにーさんの鬼ごっこに付き合うのは無理だと判断して仕方なくミーノスさんの(多分ドSイッチな)お願いを聞くことにした。うう、今からお腹が痛い。何をさせられるんだろう…。お人形遊び?うわあ、ミーノスさんの人形首もげたり急に笑い出したりしそうで怖いなあ!

「失礼ですね、私は人形など持っていませんよ」
「あれ、口に出してました?」
「ええ、ばっちりね」
「でもてっきり技名からそうだと思って…」
「タナトス様を御呼びしましょうか」
「大変失礼をいたしました」
「よろしい」

そう言ってにっこりと笑ったミーノスさんはさっさと近くにあったソファに座ってしまった。あれ、もしかしてこれはあれか、放置プレイってやつかと思ったがどうやらそれは間違いだったらしい。すぐに眉をしかめたミーノスさんが何をしているのかと呟いた。

「えっと、立っています?」
「良いから早く座りなさい、なまえ」
「…?はい、失礼します」

顎で指された彼の目の前の椅子に腰をかけると、ミーノスさんは満足そうに笑った。

「良いワインが手に入ったんですよ」
「あの、私この間、人前で酒飲むなってサガさんとアイオロスさんに叱られ」
「タナ…」
「うわあ、すごくお酒飲みたいですー」

ちくしょーちくしょー、なんかものすごく弱みを握られた気分だ!ニコニコと笑いながら銀髪おにーさんの名前を口に出そうとするミーノスさんをじっとりとした視線で見上げたがなんとも爽やかな笑顔で流されてしまった。やっぱりこの人もドSイッチだ!
これ以上ここにいたら、最終的には本当に銀髪おにーさんを呼ばれてしまうかもしれない。そうなる前になんとしてでも脱出しよう。そのためにはまず見返りとやらを返さなければいけないのだろうが、私はまだその内容を聞いていない。だが目の前に座るミーノスさんは栓抜きを探すことに熱心で見返りの事など思考の彼方に吹っ飛んで行ってしまっているようだ。それは困る。

「あの、ミーノスさん?」
「なんですか?」
「見返りってなんですか?」
「…馬鹿だ馬鹿だとは思っていましたが、なまえ、貴女はもしかして馬鹿の星の下に生まれてきた馬鹿闘士だったりするのではないのですか?」
「失礼ですね!馬鹿闘士ってなんですか!!」


始めて聞いたよ、そんなわけのわからない戦士!とぎゃあぎゃあと騒いだ私を、栓抜きを見つけたミーノスさんは実に楽しそうに眺めた。そして、機嫌よさげな笑みを浮かべると、ワインコルクに栓抜きを当てて言った。




「私の暇つぶしに話に付き合って下さるだけで結構ですよ、なまえ」



そう言って、彼はやっぱりにっこりと笑う。
やっぱりよく分からない人だ、と思った時ワインのふたが、きゅぽんと音をたてて開いた。注がれた血のように赤い液体を眺めながら、呆けた私の顔を見た彼が漏らした笑い声が部屋に響いていた。

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