部活でようやく出会えた高尾君の手には紙袋いっぱいのチョコレート。緑間君がいっぱいもらっていたから高尾君もそうだろうなとは思っていたが、さすがにこれは予想外だ。でも高尾君は優しいし、明るいし、人気だから当然といえば当然か。
「いっぱい貰ったね、高尾君」
「え? ああ、うん、ありがたいことに」
でも真ちゃんには敵わねえよと高尾君はからからと笑った。雪の積もった部室の前で、彼の吐いた息が真っ白になる。寒いなあとぼんやりと考えながら手をさすると高尾君に掴まれた。
「はい、ホッカイロあげる! 寒いんでしょ?」
「え、高尾君が使いなよ」
「オレはこれから部活で運動するからもう良いの。むしろ使いかけで嫌じゃなかったら貰って!」
そう言って高尾君が握らせてくれたホッカイロを両手で包む。温かい。「ありがとう、部活頑張ってね」「どういたしまして、マネージャーも頑張って」にこにこにこ、笑顔で会話をして、終わり。高尾君の手の中の紙袋ががさりと音を立てたのを機に、踵を返そうとしたところで今度は二の腕を掴まれた。
「なまえちゃん、今日なんの日か知ってる?」
「バレンタイン」
「あ、さっきチョコ見てたし知ってるか……」
「見なくても、知っているよ」
「そうだよなあ、町中バレンタイン一色だしなあ」
「うん……、どうしたの?」
どうして腕を掴んでいるの。その質問に、高尾君はあーとかうんとか言ってから頭を抱えた。そしてばっと顔を上げたかと思えばわたしの肩を掴んで口を開く。
「バレンタインって恋人の行事でもあるじゃん! だから、ほら」
高尾君の言いたいことはよく分かる。分かるけど、どうにも逆に迷惑になるような気もしてちらりと彼の手の中の紙袋を見下ろした。これを一人で食べるのは大変だろう。高尾君のことだから、きっと全部自分で食べてあげるのだろうし。わたしの馬鹿。高尾君がチョコを貰うのは分かっていたんだから、チョコレート以外のプレゼントを考えればよかった。
そこまで考えたとき、高尾君が髪袋を背後に隠す。そして申し訳なさそうにわたしを見て言った。
「ごめん、断らなかったから怒ってる?」
「違うよ、チョコレートじゃなくて別のプレゼントのほうが良かったかなって思っていたの」
「どうして?」
「だって、チョコばっかりで大変かなって」
鼻血出ちゃうかもと呟くと高尾君はぶんぶんと顔を振って「そんなの気にしないで良いって」と大きな声で言う。それに驚いてぽかんとすると、言い辛そうに高尾君は続けた。顔が赤い。顔が、熱い。
「あー、えっと、だからようするに……なまえちゃんのチョコが、欲しいんだけど。ダメ?」
「……そんなわけない、そんなわけないよ」
わたしだって、高尾君にチョコもらって欲しいよ。
鞄のなかで出番を失くしそうになっていたチョコレートはどうやら日の目を見られるようになったらしい。
(交渉しましょう/背骨様)
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