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 エレンは絶対なまえのことが好きに違いねえ。
 そう、ぽつりと零したライナーに言葉を失くした。

 例えば、寒い日に屋外で二時間待たされる。
 例えば、買い物に付き合わされると必ず荷物運び人として扱われる。
 例えば、対人格闘術の訓練にあたったときには必ず締め上げられる。

 それが大抵のエレンからわたしへの態度だった。


 一体自分は彼に何をしてしまったのかと考えてもみるが、思い当たる節もない。結局理由は分からないまま、この件は迷宮入りしてしまうのだが、そんな相手と関わっても良いことが無いということ察したわたしは近頃彼と口をきいていない。エレンにとっても嫌いなわたしと接しなくても良いのだから、きっと素晴らしい精神状態にあるだろう。

 だというのに、ライナーはそれさえも「素直に慣れない青少年の図」とかわけのわからないことを言って正当化しようとする。アンビリーバボーな仮説である。笑って一蹴するわたしに、しかしライナーは大真面目な顔で検証する価値があると言った。そんなものに価値はない。即答するわたしにライナーは首を振る。そして偶然向こうの道からこちらへ歩いてくるエレンを見つけてしまったのだ! しかもあろうことか、いつものごとく、さっさとその場を後にしようとしたわたしの腕を掴んで引き止めたライナーはエレンに向かって大きく手を振った。続けてライナーは「なまえがお前に用があるらしい」と事実無根の言葉を吐き出したのだから、これはもはや事件にしてもいいはずだ。しかも、そんなことをしでかしておいてライナー自身は「お邪魔虫は退散しよう」とかなんとか言って踵を返すのだから、私からしたらたまったものではない。

 「礼はいらんぞ、なまえ!」
 「やだやだ、行かないで、ライナー!」

 わたしとエレンを二人にしないで!

 しかし望み空しくさっさと走って行ってしまったライナーにわたしは一瞬呆気にとられる。すぐに余計な事をしてくれたことへの報復として彼の背中に飛び掛かろうとした瞬間、背後から襟を引っ張られた。


 「ひっ」

 そうだ。今わたしの背後にいるのは。否、ライナーを追いかけるためにわたしが背後を見せてしまったのは。


 「呼んでおいて何逃げようとしてんだよ、なまえ」

 エレン。

 ライナーが召喚してしまった魔王。

 対するわたしは立体起動装置も持たないただの兵士Aである。これは勝ち目がない。ここは穏便に話し合いで済ませようと、肩越しにゆっくりと振り返った。そしてそこに立って見下ろしてくるエレンにやはり表情が引き攣ったのを感じる。

 「な……なんでもないよ?」
 「無いわけないだろ。はっきりしろよ」
 「本当、なんでもないの!」
 「あるから呼んだんだろ!」

 呼んだのはライナーだ! わたしのその反論を聞くより早くエレンは続けた。

 「だいたい最近のお前は人の顔見れば逃げやがって、何か文句があるなら言えよ。おどおどびくびくしやがって本当に訓練兵か、お前!」
 「そ、そうだよ。でもそういうことじゃなくって、わたし、えっと」
 「いつも誰かの後ろに隠れて腰ぎんちゃくしやがって、自分の意見ってものがないのか? 今だって俺の目を見ないし、逃げ場を探しているんだろ。だけど逃がさねえぞ、諦めてさっさと用件を吐け!!」
 「ああああえっとえーとっ、エレンはわたしが好きって本当!?」

 まるで詰問のようなエレンの怒涛の口頭諮問に耐え切れずわたしは叫んだ。それは当たり障りのないことを、そう思っていたのだが、何故か口から飛び出してきたのは死亡フラグ満載の言葉である。ライナーがあんな変な話をしていくから、こんなことになってしまったんだ。自惚れんなブスとエレンが怒り心頭になってわたしをぶん殴る未来を想像して、心の中でひっそりと涙を流す。だが、予想に反してエレンからの攻撃は加えられなかった。それどころか、先ほどまでの文句の羅列が嘘のようにしんと静まり返ってしまう。

 「エレン……? どうしたの」

 恐る恐る縮こまっていた体を動かしてエレンを見上げる。そしてわたしは言葉を失くした。

 そこに立っていたのは、怒りで顔を真っ赤にしたエレン……ではなく、何故か困ったような、泣きそうな顔で目をぱちくりとさせて口をぱくぱくするエレンだった。予想通りだったのは、その顔色だけ。

 それはつまりどういうことか。

 (エレンはなまえのことが好きに違いない)
 ふと頭をよぎったライナーの言葉に、ぼんっと自分の顔も熱くなるのを感じる。まさか、いや、でも、なんてことだ!


 「う、うそ、ほんとなの、エレン?」

 冗談でしょうと呟く。一瞬だけでも浮かれそうになったが、信じられなかった。エレンのわたしへの接し方をみたらきっと誰だってそう思うはずだ。だからこそわたしはさっきライナーの頭を割と本気で心配してしまったのだから。わたしはエレンが怖くて少し苦手だし、エレンはきっとそんなはっきりとしないわたしが嫌いなのだろう。それはこれからもずっと変わらない、ある意味世界の真理のようなものだった。

 だと言うのに、ぎゅっと拳を握りしめたエレンは真理を破壊するに足る言葉を大声で叫んだのだ。


 「そ、そうだよ、好きだよ!!」


 どうやらライナーが正しかったらしい。頭を心配するなんてして申し訳ないことをしてしまった。あとでライナーに謝らなきゃ。
 それにしても、心臓が煩いしエレンの顔をまともに見ることが出来ない。おかしい。おかしい。エレンから向けられていたのが敵意ではなく好意だったことが舞い上がりそうになるくらい嬉しいなんていうのは一体どうしてなんだろう。


 「俺はお前が好きだ! 悪いか!?」
 「わ、わるくない!」

 ああ、そうか。

 わたしも、もしかしたら彼が好きだったのかもしれない。


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リクエストありがとうございました。
Arcadia/どてかぼちゃ

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