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 やばいやばいやばいしぬこわいごめんなさいおとうさんおかあさん、さきだつおやふこうなわたしを許してね。一気に頭の中で考えて、組んだ両手に額を当てた。とてもじゃないが、目の前に座る男性のほうを見る勇気などない。たぶん物凄く恐ろしい目でわたしを見ていると思う。さすが、現調査兵団兵士長は地下街の元ごろつきなんて噂があるだけある。というか絶対これ噂じゃないよガチの人だよ、未だに兵士長しながらごろつきも務めていますって言っても許されるくらいの迫力だよ。それを一般市民に向けるなんて調査兵団どうなってるんだよとりあえずだれか助けて。

 どうやら相当混乱しているらしいわたしの頭は、それ以上ろくな思考回路もできない。
 俯いた目線の先にある紅茶はすっかり冷めてしまっているようで、味気のない琥珀色が振動に微かに揺れた。


 「おい」
 「ははははいっ」
 「……昨日のことは覚えてないのか」

 昨日の事。
 昨日は仕事上がりに今日が休日だということもあって飲みに行った。行きつけの小さな飲み屋で、家庭的な雰囲気がお勧めだ。そこで昨日は妙にお酒が進んで、たくさん飲んで、それからの記憶が無い。何故今リヴァイ兵士長が目の前にいて、しかも先ほどなど同じ寝台の中にいたのか。そんな問題に答えられるほどの情報をわたしは持っていなかった。

 「す、みませ……」

 分からない。まったく覚えていない。
 だが年頃の男女が同じ寝台の中で一夜を明かすとはこれいかに。いくらわたしが男っ気がない生活をずうっと続けてきて、お母さんにもそれを心配されているとはいえ、そういった知識がないわけではない。だからこそ困っているのだ。


 わたし、一体人類最強と謳われるこの人に一体なにをしてしまったんだ。


 「……そうか、覚えてねえか」

 ぼそりと呟いたリヴァイ兵士長をそっと見上げる。彼はくっと眉を寄せて、背もたれに手をかけていた。何を考えているのか分からない難しい表情の彼に、背筋を汗が流れて行った。願わくば、何もなかったように。ただ同じ寝台で寝ちゃっただけというか、自分でも無理があり過ぎるとは思うが、何事もありませんでしたという落ちを神に願わずにいられないのだ。

 そしてその希望は直後の兵長の言葉によってずたずたに削がれた。


 「まあ良い。だが大人ならば責任の取り方くらいは弁えているんだろうな、なまえ」


 やっぱりわたしはこの人に何かとんでもない、責任を取らなければならないようなことをしてしまったようだ。

 そうなるとわたしには喉の奥をほとばしる悲鳴をなんとか口の中に押しとどめて、深く頭を下げることしかできなかった。ごめんなさい、お父さん、お母さん。わたしはやっぱり今日までの平穏な生活にさよならをしなければならないようです。先立つこともあるでしょう。だってこの人すごく怖い顔しているし。未だに一発も殴られていないのが不思議で仕方がない雰囲気を纏っているし。ああ、死にたくない。


 「なまえよ」
 「はいいっ」
 「顔を上げていろ」

 そんな無茶な。
 どれだけわたしに勇気を出させるつもりなんだ、パンクしても知らないぞ。そう言えたらすっきりするのかもしれないが、それすらできず。結局顔をおずおずとあげれば、目の前には目つきの悪い兵士長が一人、まっすぐにわたしを見つめているだけだった。


 あれ、そういえばいつ名前教えたんだろう。

 ふとした疑問。
 そして思い浮かぶ“昨夜の出来事”にわたしは再び肝を冷やして謝りとおすことしかできなかった。実際何があったのかなんてわたしは知らない。推測しかできない。答えを知るこの人はそれを告げることをしなかったけれど、尋ねることがわたしにはできなかった。


Thanks 400000 hit!
リクエストありがとうございました。
Arcadia/どてかぼちゃ

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