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なまえという女は、彼女が振る舞い作り上げている表面よりも複雑な人だ。日本人特有の愛想笑い、取り繕った言葉、本音と建て前、そういったものの存在に気が付いて、さらによく目を向けるようになってからは前よりもずっと多くを読み取れるようになった。視線が、些細な表情の変化が、何より鮮烈に彼女のこころを語る。

毎日楽しそうに笑ってまるでこの世のつらい事など知らないかのようななまえが最初は少し羨ましかったのかもしれない。そんななまえが同じように明るいアイオロスやミロではなく何故わたしによく懐いていたのかも分からなかったが、ただ時折ひどく寂しそうな、泣きたそうな顔をしてわたしを見る目は記憶に焼きついた。分からなかったのだ。どうしてなまえがそんな顔をするのか。今考えてみると彼女は泣きたくて、そして寂しくて仕方が無かったのだと思う。長い間城戸沙織とアテナを守るために重責を負わされて泣き言も弱音も一切吐けない環境に居た彼女は不安につぶされそうだったのだ。


「なまえ」

名前を呼ぶと少しだけ反応したなまえがちらりとこちらを見た。

日々の付き合いの中でわたしはいつしかなまえの心情を幾分察することができるようになった。例えばわたしの周りを行ったり来たりしてみたり、例えばすぐ近くに座って黙ったままだったり、そういったとき大抵彼女は寂しさを内に隠している。


名前を呼んだ直後にぽすりと隣に座ったなまえの頭を黙って撫でてやる。昔氷河やアイザックにしてやったような行為。ミロは子ども扱いだと笑ったが、わたしがそうするのはそれによって幾分落ち着く気分もあると知っているためだ。なまえは分かっているのか、それともわかっていないのか知らないが拒否することなくいつもされるがままだった。

だが今日はそれだけでなくそろそろと近づいてぴったりと横にくっついたなまえがわたしの肩に頭を預けた。少しだけ意外に感じて彼女の顔を見ると、なまえはいつかも見たように今にも泣き出しそうな顔をしていた。だが泣くまいとしているのか涙が零れることは無い。もしかしたら他人のわたしの前で泣くのを恥じているのかもしれないと考えて気にしなくて良いと告げた。


「泣きたいのなら泣けばいいし、言いたいことがあるのならわたしが聞く。静かな場所を求めるのなら黙っていよう」


あとは本当に言葉の通りに口を閉じる。
なまえも暫く黙ったままだった。しんと静まり返って薄暗い宮の中、やがて彼女が泣き出した。止まることなく透明の雫がぽろぽろと零れていく。黙ってまた頭を撫でてやると彼女の手がわたしの服の裾を掴んだ。すっきりするまで泣けるよう、頭を抱き寄せてやるとなまえは少し躊躇った後にわたしにしがみつく様にして随分と泣いた。氷河やアイザックもこれほど泣かなかったが不思議と面倒とは思わない。そのままどれくらいの時間を過ごしたろうか、なまえがしゃくり上げながら言った。


「カミュはなんでそんなに優しいの」

「わたしは優しくなどない」

「優しいよ」

優しくなど、ない。

「ごめん、ごめんね、分かっているのにわたし、カミュが優しいから我儘になっているみたいで……」


なんでカミュみたいに優しい人がいるんだろう、不思議だねとなまえは泣き笑いを浮かべた。わたしがそれに答えあぐねているとなまえがさらに続ける。


「普通のひとはね、いきなり押しかけて来た女のことなんか分かってくれないよ。黙って頭を撫でてくれないよ。話を聞いてくれるひとだって少ない。それなのにカミュは話を聞いてくれるって言うし、抱き着いたって引きはがさないでいてくれる。邪魔だって一度だって言わないで抱きしめてくれるの、カミュだけだよ。普通のひとはここまでしてくれない。だからなんでカミュはそんなに優しいんだろうって思うの」


ああどうして、何故そこまで考えて気が付いてくれない。気付いてほしい。
愛しているから笑って欲しいと、幸せになってほしいと、傍にいて欲しいとわたしが願っていることを。


「なまえ」

「なに、カミュ」

「わたしは決して人より優しいというわけではない」


本当はすべてを伝えてしまいたい。わたしの中に秘められた想いを。
だが彼女が不安定な精神状態の今それを告げるのは卑怯だろうか。

言っても良いだろうか。
言ってしまっても、良いのだろうか。
結局いつだって答えは見つからない。

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