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「お前が好きだ」

あまりに唐突だったその言葉が耳に届いた時、わたしは驚いて鞄を落としてしまった。どさりという短い音が響いた後は静かになったわたしとカノンの間に沈黙が満ちる。わたしは頭の中でカノンの言葉を何度も繰り返してその意味を確認しては心臓が落ち着かずに波打ったり視線が泳いだりするのを感じていた。

遅れて数秒後になんとか口にできた言葉は「きゅうになに」という可愛げのかけらもない言葉。

言ってしまってから「わたしも好きだよ」とか「ありがとう」とか言えば良かったと後悔する。だが仕方ないのだ。いつもカノンは絶対にそんなことを言ってくれない。告白したのもいつも好きだと言うのも、キスをするのさえもわたしから。彼はそれを受けるばかりで、普段はそっけない態度ばっかりだ。だからカノンから思いがけずに聞こえたその声にわたしが混乱するのも無理が無い。


「理由が必要か?」

至って冷静にそう問うカノンに首を振る。
さらに一度受け入れてしまえばふつふつと湧き上がってくるのは嬉しい幸せ好きだという気持ちの詰め合わせ。ついつい抱き着いたカノンは温かかった。

「気紛れでも嬉しいよ」
「……馬鹿野郎が」

頭上で聞こえた溜め息と罵倒。

突然甘い言葉を吐き出すなんて熱でもあるのかと思ったけどやっぱりいつものカノンだとそこで確信する。だがそれはつまりカノンの言葉が熱から生まれた妄言ではなく平素より思っているということだ。抱き着いたまま嬉しくなってカノンを見上げながらにやにやすると頬を指先で摘ままれて引っ張られた。

「ひひゃひひょ」
「何を言っているのか皆目分からん」
「痛いよって言ったの、カノン」

すぐに離された指のおかげで解放された口でしっかりと告げる。続いてカノンが何故か眉間に皺を寄せて何を笑っていたと聞くものだから、正直に考えていたことを答えるとカノンはまた馬鹿野郎と言った。

「馬鹿っていうほうが馬鹿なんですー」
「いいや、お前は馬鹿だ。気紛れなどではない」

眉間に皺を寄せて怖い顔をしたままカノンは早口で言う。

「お前が好きだ。出会えて良かった。共にいることが出来て嬉しい。愛している」


そのまま顎を指先で掬い取られると驚く間もなく口づけられる。後頭部を抑える大きな手が熱い。数秒もせずに唇は離れたものの、やはりカノンからこんなことをしてくるなんて信じられずに呆気にとられたわたしを腕の中に閉じ込めたまま彼が続ける。

「……好きだ」
「ねえ、なんで急にそんなこと」
「……ただ言いたくなっただけだ」

抱きしめられたまま、カノンの胸に額をくっつけて笑う。

やっぱり気紛れなんじゃないか。

だけど彼の心の内を知ることが出来て、そしてカノンの想いを知ることが出来てわたしは幸せでいっぱいだった。何よりも、それこそ泣きそうになるくらい幸せだったのは、顔を上げてみれば彼の目が逸らされることなくわたしに向いていて、カノンの熱い熱を有した瞳にわたし一人がずっと映っていたことだった。


そしてまた、唇がかじられた。

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