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目が覚めたらナチュラルにアイオロスさんがわたしのためにコーヒーを煎れてくれてナチュラルに素敵笑顔で「部屋の掃除はしておいた」と言われてナチュラルに「起きたばかりでまだ眠いだろうがすまない、やり残した書類へのサインだけ済ませてくれ」と言われて差し出されたのが婚姻届でナチュラルに意味が分からない。ギリシャ語があまり得意ではないからもしかしてこの書類は婚姻届ではないのか? いやしかし何度読み直してもわたしがこの文字の並び順から想像できる単語は婚姻届ただそれひとつだ。


「あの、すみません……、ちょっとというかまったくどういうことなのか分からないんですけど……」
「なに? ……ああすまない、この書類はギリシャ語だがきみの母国語は日本語だったな。わたしとしたことが……。いや、考えてはいたんだ。わたしとしては日本から婚姻届を取り寄せても良かったのだが、きみもわたしも生活範囲は主にギリシャだし、わたしは聖域の人間だから国籍が日本に移ってしまうと色々と問題も出てくるだろうことを考慮してギリシャのものにしたんだ。なに、心配はいらない。きみの国籍が変わって、ばつがひとつつくだけだからな。さて、ではギリシャ語が苦手なきみの代わりにこれはわたしが仕上げるから、なまえは安心して待っていてくれ」
「突っ込む暇もないマシンガントークごちそう様です」


さて、まずはどこから突っ込もうか。

今日はエイプリルフールではないこととか、やっぱりこれは婚姻届なのかとか、何をどう考えて婚姻届なのかとか、そもそも恋人ですらないのに何を自然に人の家に上がり込んで掃除をしているんだとか、ああだめだ、次から次へと突っ込みが溢れてきてしまってこれでは祖国に帰って突っ込みの才能を磨きつつ女芸人としての道を歩み始めた方が良いのかもしれないなんて思ってしまったぞ。

そうこうしているうちに素晴らしいスピードで書きこまれていくこの数字はなんだ、わたしの生年月日と一致しているんだがまさかそんなことはないよなあははうふふ。

「ああ、もうすぐきみの誕生日だな」
「やっぱりかああ!! やっぱりそれ私の誕生日なんですね!!?」
「何を驚いているんだ? まさかわたしがなまえの誕生日を忘れているのではと心配していたのか? ははは、安心すると良い。そんなことはありえない。それはそうと、せっかくの記念日になるんだ。婚姻届の提出はなまえの誕生日にしようか?」
「出しませんからね、そんなもの! そもそもなんで貴方がわたしの生年月日知っているんですか?」
「何故って……調べたからだ」

きりっとした凛々しい表情で答えたアイオロスさん。
同時進行で書きこまれていく名前。少し待ってくれ、意味が分からないというよりこれはまずい、婚姻届が完成しつつある!

「ちょっアイオロスさん! まずはその書き物をする手を休めて冷静になって話し合いましょう、田舎のお母さんが泣いているぞ!!」
「わたしは冷静だ!!」
「どこが冷静ですか! もりっとむきむきな筋肉に氷水浴びせかけますよ!」
「こ……っこれが日本の鬼嫁というやつか!? 愛する旦那様になんて扱いだ! いや、だがなまえ、きみならばわたしは……!」
「なんでちょっと嬉しそうな顔するんですか、止めて下さいよ怖い!」

叫びながらもアイオロスさんの手からペンを没収する。一度は声をあげたものの、「遅かったな、なまえ! あとはもう印鑑さえ押せば婚姻届は完成だ!」と引き締まった表情で叫んだアイオロスさんに焦りを覚えた。

しかし印鑑は治安を考慮して奥の金庫の中だということを思いだしてすぐに落ち着く。さすがのアイオロスさんも金庫の中の印鑑まではどうしようもあるまい。こうなればわたしの勝ちだ、ついでにアイオロスさんの手でしっかり押さえられた書類も取り上げたいところだが、この書類は完成しないのならば没収せずとも構わないだろう何故なら私の勝ちだから! そう心の中で勝利の雄たけびをあげたわたしの目の前でいそいそと金庫を弄っていたアイオロスさんによって赤いインクが紙に押された。


「あっ、金庫の中の印鑑」
「フッ、黄金聖闘士の前では金庫など空気も同然!!」
「そんな恰好よく宣言されたってまったく格好良くないですからね! どうやって開けたんですか、白状しなさい!!」
「なにを怒っているんだ!? 別に壊していないぞ!」

もはや壊す壊さないの問題ではない。
良いから早く答えないかと急かしたわたしに彼は大真面目な顔でわたしが金庫を開けるのを見ていたと答えた。つまり暗証番号を知っていたわけだ。しかし一体いつ見ていたのか。わたしは誰かが家にいるときは金庫になど触れていないというのに。

その質問にアイオロスさんは黙り込んだ。
部屋に満ちる奇妙な静寂。

「……覗き魔ストーカー……?」

ぽつりと呟いた声にアイオロスさんはばんと机を叩いて勢いよく立ち上がる。

「好きだ、なまえ!!」
「なんでこのタイミングで告白するのこの人」
「全ては好きすぎて愛が先行しすぎた結果だ。だが純愛だ、それは女神に誓える。つまりわたしはストーカーではなく愛のスパイだ!!」
「やだこのひとこわい」

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