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今日の私はとってもセンチメンタルな気分だ。

例え外の暴風雨のせいで買い物に行く予定が潰れたとしても、私にはその雨がまるで空が泣いているかのように切なく感じる。窓を思い切りたたく風の音はあれだ、切ない風神の叫びかなんかだ。


「そう……、ネイチャーたちが嘆き、それでも最後に空に向かって必死に叫んでいるのです。ありがとう、ありがとうと」

窓から外を眺めながら思いついた言葉をつらつらと並べると、背後で呆れたようなため息が聞こえた。振り返るとソファに腰かけていた氷河と目が合う。

「この夏の暑さで頭がおかしくなったのか、なまえ?」
「違うよ、氷河。夏の暑さが私をおかしくしたの」


氷河は同じようなものじゃないかと言ったが全然違う。

暑さで頭がおかしくなったのではなく、暑さが私をおかしくしてしまったのだ。ちょっと違うのだ。具体的にどの辺が違うのか、いまいち自分でもよく分からないがと言えば氷河は呆れたような目で私を見る。

しかしそんなことなどどうでもよくなるくらい、今の私は言いようのない切なさに包まれていた。


理由は至って単純で、夏が終わってしまったからだ。
窓を開けたって騒がしかったセミの鳴き声などいつの間にか聞こえなくなっているし、その代わりにとばかりに冷たい風が吹き込んでくるだけで正体不明の寂しさが私を包んで行く。夏の暑さと騒がしさにすっかり慣れてしまった私にとって、その冷たい風と静寂を感じる瞬間が何よりも嫌だった。


「寂しいよー! 今日なんて朝寒くて目が覚めたからね! 暑くて目が覚めたあの日々はどこに!」
「俺はその方が良い。暑くて目が覚めるなんて最悪だ」


目を伏せてそう言った氷河が座るソファの足元にごろりと転がる。
フローリングの冷たさを心地よく思っていた日々は今やどこ、寒ささえ感じるようになってしまったことに、本当に夏が終わってしまったのだと実感した。

やはり先ほどと変わらぬどころか勢いを増した寂しさに包まれながら、ごろりとフローリングからカーペットへと転がりながら移動して呟く。


「まだ遊び足りないよー……」
「なまえは十分すぎるくらい星矢と遊んでいたではないか」
「だめだめ、足りない。星矢も言っていたよ、泳いで津軽海峡横断するくらいのことはしたかったよなって」
「津軽海峡を横断してどうするつもりだ」
「世界記更新しようよ、しかも最年少で」
「聖闘士の力を私欲のために使うな」
「あれ、氷河君がそれを言います?」


そんな話で気を紛らわせても中々上手くいかない。ごろりと体を転がして天井と向き直ると、視界の端に、秋の日差しを受けて本を読む氷河が見えた。

夏の日差しの下で輝いた金髪は、今は少し穏やかになった日差しの下で光の輪を作っていた。それをぼんやりと眺めながらぽつり、ぽつりと言葉を零していく。


「本当に秋になっちゃったね」
「そうだな」
「夏、楽しかった……」
「日本の夏など俺にとって耐えられるものではなかった」
「えー、でも氷河だって楽しそうで、見ていて超面白かったよ。扇風機の前で俯せになって“俺はシベリアで冬将軍と呼ばれていた氷原の貴公子だ”とか“俺のハートはシベリアの氷原の如く白き輝きを誇る”とか意味わかんないこと言いまくっていたもん」
「そんなことは言っていない」
「言っていたよ」
「言っていない」
「暑いから覚えていないだけじゃない? 他にも“ひょうがんばる”とか言ってめっちゃ可愛かったし」
「……言った覚えは、ない」
「うん、ないだろうね。全部冗談だもん」


けらけらと笑いながらそう言った途端、氷河は眉を寄せて私を見下ろした。いつもクールを自称する彼にしては珍しい表情の崩れにへらりと笑って返す。

「やだ氷河、その顔超うける!」
「うけない」
「あー、寂しいわー」
「話をちゃんと聞け、なまえ」
「むりむり、夏が終わるのが切なすぎて蝉のように死んでしまいそうです」
「何も夏が永遠に終わるわけではないんだ、来年までまた待てば良いだろう」


呆れたように本日二度目のため息をついた氷河の足へと手を伸ばす。白いズボンのすそをくいと引っ張り、こちらを見たブルーの瞳に笑いかけた。


「じゃあ一人だと寂しいから来年まで一緒に待ってくれる?」
「甘ったれたことを言うな」
「蝉は七日で死んでしまうのです」
「お前は人間だ」
「兎も寂しいと死んでしまうのです……というのは迷信ですが、なまえは寂しいと死んでしまう新種の蝉兎なのです」
「何だ、蝉兎とは。そもそもお前は列記とした人間だ」
「蝉兎族の人間なの! でも氷河が一緒に来年の夏まで待ってくれたらなんか色々頑張れる気がする!」


滅茶苦茶なその言葉に、氷河はまたため息をついた。それでも勝手にしろと言ってくれた彼のズボンのすそを握ったまま上半身を起こした。


「ねえ、じゃあ来年は一緒にプール行こうよ! それから蛍見に行ったり海行ったり、花火して、スイカ食べたり向日葵畑で鬼ごっこしよう!」
「鬼ごっこは暑いから嫌だ」

まだ夏が終わったばかりの今としては気が早い予定だったが、氷河は何も言わずに約束をしてくれた。今後当面の目標は一体どうして氷河を鬼ごっこに参加させるかだ。星矢や瞬も誘って皆で鬼ごっこをしたらきっと楽しいに違いないのだから、何としても氷河にも参加してもらいたい。


「……あ、映画も行こうよ」
「映画は何も夏に限らなくても良いだろう」
「じゃあ明日映画行こう、ちょうど見たいのがあるの」
「ああ」


ついでに買い物にも行こうと言うと、「お前は買い物が長いから嫌だ」と言われた。しかしそれはいつものことだったし、アイスおごってあげるからと言えば目を伏せて頷いてくれるところもまた、いつものことだった。確かに氷河の言うとおり、これは夏に限らない話だ。


次々と予定を入れていくと、時折口を挟みながらそれに頷いてくれる氷河にふと気が付く。


「ねえ、氷河」
「何だ?」
「なんでだろ……っていうのは私が予定入れるからなんだけどさ、また今までみたいにずっといっしょだね」

休日は家でごろごろしたり出かけたり。
平日は学校に行ったり星矢たちと騒いだり。

それは決して夏限定の話ではない。秋も冬も春も全部一緒だった。そんな風に年がら年中一緒にいることがなんだかおもしろく思えて、これからもずっと一緒なのかもねと笑うと、氷河も薄い笑みを見せて言った。


「そうかもな」


どうしよう。
たったそれだけのことなのに沈んでいたテンションが上がって来たぞ。

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