「夕日を眺めながら食事をして、カクテルなんて飲んじゃいながら愛を語るってものすごいロマンチックだと思っていたの」
「女の子らしい夢だというのは何となく分かるが、“似合う”、または“似合わない”の問題は別だ」
「本当だよ、それを今日痛感したね。あーぁ、夢だったのに」
食事からの帰り道に呟いた声は自分から聞いても至極残念そうなものだった。
だからだろうか、アイオロスは足を止めて私を振り返り「幻滅したかい?」なんて私に聞いてきたのだ。それも大真面目な顔で!
「私が? アイオロスに? まさか! どうしてそうなるのか分からないよ」
「夢だったんだろう」
「でも夢は夢でしょ。そもそもちょっと考えればすぐに分かることだよ、私たちが夕日眺めながらカクテル飲んで愛を語らっているところなんてミロあたりが見たら大爆笑すること間違いなしだよ」
むしろ私自身が笑い出しそうになってくる。
そうなのだ。
どう考えたってアウトだ。
そもそもそんなことをして似合うのはハリウッドなんかに出てくる美男美女限定の話だ。残念ながら世の中は深刻な顔面格差社会であり、私も自分の容姿にそこまでの自信を持つことはできない。
だがどうやらアイオロスは納得がいかなかったらしく難しい顔で考え込んでいる。普段アイオロスはかなり豪快なことを何でもないような顔でやる人だが、案外細かいところもあるのだ。どうやら今回はその細かいところに分類される問題にぶちあたってしまったらしい。こうなってしまうと、あとはもうアイオロスが満足するまで私にはどうしようもないということは経験上よく知っている。
だからこそ黙って待っていた私に、アイオロスは言った。
「よし、やりなおそう」
「は?」
「なまえの夢なら私も協力を惜しまない」
「いやいや、似合わないっていうのが痛いほどよく分かったでしょ、その痛みっていったらあれだよ、サガさんのギャラクシアンエクスプロージョンをくらった時並みの痛みだったね」
「なんだと!? サガがなまえにそんなことをしたのか!」
「例えだよ!! だから本気で取り乱さないで!!」
そもそもサガさんのギャラクシアンエクスプロージョンなんてくらったら、私は形を保ったまま死ねるのかどうかさえ不思議だ。木端微塵になるのはあまり望ましくないのだが、私は彼の攻撃に耐えられるほど強靭な肉体も持ち合わせていない。
「とにかくね、ミジンコサイズにまでばらばらに引き裂かれたわけですよ、私の夢は。だからもういいや」
むしろあれだけロマンチックな条件がそろうと、逆に恥ずかしくなって私にはどうしようもなかった。
それによく考えずとも私たちの柄ではないのだ。
だから私たちは私たちらしくしていれば良いという答えに落ち着いたのに、アイオロスは何故か私の夢を叶えると言って聞かない。
しかし私としても再度あの恥ずかしい状況を繰り返したくないのだ。
「そうだ、星を見ながら食事を……」
「食事したばっかりって気が付いて」
「なまえが望むならまだ食べられる」
「食べなくて良いから! でもお腹いっぱいじゃないなら宮に帰ってから何か作るよ、私」
そういえば卵焼きが食べたいなんて夜食にはちょっと向いていない気のする食べ物を口にしたアイオロスだったが、すぐに話がそれたことに気が付いたのか無理やり話を繋げた。
「なら卵焼きを食べながら星を……」
「星を見ながら卵焼きを食べて愛を語らうってすごくシュールだよ」
想像して少しだけ笑うと、アイオロスも笑った。
それから次の提案をしようとしたアイオロスの口元に人差し指を立てて制する。
「あのね」
「なまえ?」
「今日はデートしてくれてありがとう。色々なお店見たり一緒にご飯食べたりできてすごく楽しかった。それにショッピングなんて興味ないだろうに付き合ってくれてありがと! でも一番楽しかったのは、アイオロスと過ごせたことだから」
だから、私の下らない夢なんてどうでもいいのだ。
そんなことよりも、今の私には大切なものがあるし、愛するべきものがある。
「私の本当の夢はね、これからもこうして何でもない一日をアイオロスと過ごすこと!」
「そんなことで良いのか」
「そんなことじゃないよ! 大事なことだよ!」
「……、だがそれは奇遇だ」
「何が?」
「私の夢も、同じだ。今日も明日も、ずっとなまえといられたら幸せだろうと思う」
「それは奇遇だね」
「まったくだ」
「それじゃ、帰ろうか」
「ああ。……なまえ、今日は泊まっていくのか?」
薄く微笑んだまま振り返ったアイオロスに問いかけられて笑みを返した。
「もちろん」
その返答とともに、どちらからともなく手を握って歩き出す。
アテネの町はずれの空には満天の星が輝いていて。
あれ、これって私の想像していた「綺麗な星空ね」「君の方が綺麗だよ」のような愛の語らいよりもあっさりしたものだけれど十分夢は叶っているのではないだろうかと思う。
そうすると現金なことに今度はその夢がどうでもよくなってきた。そんなことより私にとって大事で必要なものは全て、どうやら隣にアイオロスがいることで始まるらしい。
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