Project | ナノ
そもそも、あの男との出会いは、なんだっただろう。


ああ、そうだった。
あれは去年の冬の、とても寒い朝のことだった。

お店の買い出しで出かけたアテネ市街。

あまりの人ごみに、紙袋から落としてしまった林檎を拾ってくれたのが、あの人だった。


物凄い悪人面で。

歩き方がヤンキーみたい。

泣いている子は、さらにその強面に泣きわめくし、
無駄に高い身長の威圧感に、道行くお年寄りは腰を抜かす。

それでも私が落とした林檎を拾うのを手伝ってくれた、見た目と行動があっていない人。


掴めない男、それが第一印象だった。





「やあ、なまえ。ご機嫌はどうだい?」
「上々よ、アフロディーテ」

カラン、という乾いた鈴の音と一緒に店内に入ってきたアフロディーテとシュラは、迷うことなくカウンターにやってきて席に着く。彼らお気に入りの、定着席みたいなものだ。

かじかんだ手をさすりながら、コーヒーと軽食を頼んだ彼らに返事を返して、ポッドを手に取る。

「ん、・・・またあいつか、なまえ」
「んー?ああ、そうね、またあいつね」
「まったく、あの馬鹿は。何処から金を絞り出してきているんだか」

ふと、私の背後の棚に飾られた無数のアクセサリーを見たシュラが、溜息と共に吐きだした言葉に同意を返す。そうすれば、それを聞いたアフロディーテもとても綺麗な笑顔で毒を吐いた。

「どうしたの?」

そっと私の頬に手を伸ばして、見つめてくるアフロディーテに問いかければ、彼は綺麗な顔に、これまた綺麗な笑みを浮かべて口を開いた。

「ねえ、なまえ。あんな女心の分かっていないバカニは放っておいて、私にしないかい?」
「冗談はやめて、アフロディーテ」
「残念。冗談じゃないんだけれど、君にその気がないなら仕方がない」

そう言って、肩をすくめた彼に、彼も掴めない男だ、なんてことを考えながらコーヒーを手渡す。シュラの前にも、コーヒーと共に頼まれた軽食を置く。

「ありがとう」
「どういたしまして」
「なまえの淹れるコーヒーは上手い」
「それはどうもありがとう」
「毎朝淹れて欲しいくらいだ」
「お店をまかされているから、毎日行くのはちょっと無理ね」
「・・・そういう意味ではないのだが」
「うん?」
「・・・・・・いや、なんでもない」

一体なんだと首を傾げる。何か納得できないから、シュラに説明を求めようとカウンターに身を乗り出した瞬間、入り口の鈴が盛大に音を鳴らし、そちらに視線をやる。

「なまえ!!」

元気な声と共に店内に入ってきた金髪に微笑みかける。一方、アフロディーテとシュラは店内に駆け込んできた男を見て、顔を僅かに顰めさせた。

「いらっしゃい、ミロ」
「君は今日、執務当番ではなかったか?」
「なまえ、寒いぞ、室温を上げたまえ!」
「やあ、なまえ。こんにちは」

どやどやと大所帯で店に入ってきた、ミロとシャカ、そしてムウは、好き勝手な方向に散って座った。

あとから、ひょっこりと顔を出したカミュに、とうとうアフロディーテとシュラが呆れたように溜め息をついた。店としては大変に助かっているのだが、正直な話、私も彼らと同意見だ。まったく、毎日毎日、よく飽きもせずに同じ店にやってくるものだと苦笑をしながらオーダーをとる。

紙とペンを持って、ミロの元へいけば、彼は真剣な顔で私を見つめたまま口を開いた。

「俺はなまえが食べたい!」

そのまま、がっしりと両手を掴まれたこと、そしてミロが口走った台詞に顔が引きつる。この純粋で人懐こい青年に、君が食べたいだなんて、今時誰も使わないような台詞を教えたのは一体誰だ。果ては、教育問題にまで話が飛んでもおかしくない。

「誰かしら?ミロにそんな台詞を教えたのは!」

そう引きつった顔に無理やり笑みを浮かべて返せば、ミロは私の手を掴んだまま立ち上がる。

「何時までも子供扱いするなよ、なまえ!俺は、一人の男としてなまえが好きなんだ!」
「ミロ、貴方はお子様ランチでも食べていなさい。なまえ、ミロは些か子供っぽ過ぎます。私なら、貴女を満足させるに足ると思いますが、どうでしょうか」
「フッ、凡俗は下がっていたまえ。なまえは私に連れ添うために生まれてきたのだ。君たちが近寄るのも恐れ多いことを知ると良い」
「クールでないな、お前たち。こういうときは、思いの丈をぶつけるべきだ。なまえ、私は貴女を誰よりも愛している」
「甘い!俺はそんな告白を認めんぞ!!俺は、なまえをっ・・・、・・・っ!!」
「アイオリア、せめて言葉が決まってから口を開け・・・」
「モテモテだね、なまえ。より取り見取りじゃないか、羨ましいな」

頭を抱えて溜め息をついたシュラと、肩をすくめて笑ったアフロディーテに苦笑を返す。


「モテ期かしら?嬉しいわ。ふふ、それにしても、皆マセているのね。でも、そういった冗談で大人をからかうものじゃないわ」
「なっ、」

背の高いミロに、背伸びをして頭を撫でてそう言う。

納得いかないとばかりに、口を開けたまま固まったミロたちに、何だと視線をやった時、今日三度目の来客を告げるベルが鳴った。

「あれ、リアたちも来ていたのか」
「・・・ということは、今十二宮はガラ空きか?」

白い息を吐きながら、コートを片手に入ってきた見知った二人に微笑みを向ける。

「いらっしゃい、ロス、サガ」

にこにこと陽気な笑顔を浮かべるアイオロスと対照的に、店内を見渡して憂鬱そうな表情を浮かべたサガ。挨拶の言葉をのべれば、彼らも笑顔を浮かべて、こんにちはと口にしてから端の窓際の席に座った。

「今日は何にする?」
「私は紅茶と、サンドイッチを」

すでに常連と化したサガは、メニューを見ることもなく私に告げる。それをかき取りながら、アイオロスにも同じことを問えば、彼は私を見上げて笑みを浮かべると、すっとぼけたことを口にする。

「私はなまえがいいなぁ」
「ミロみたいなこと言わないで、アイオロス」

にこにこと笑いながら言われた台詞に、私も笑顔で返せば、彼は丸い目をさらにまん丸にして私を見て、私の言葉をオウム返しする。

「言ったのかい?ミロが?」
「さっきね。最近の子はマセているわね」
「・・・くっ、ミロ!!なまえは絶対に譲らないぞ!!なまえが欲しければ、私を倒して行け!!」
「なんだと!アイオロス、真紅の衝撃を喰らってなお、その言葉が口に出来るか試してやる!」
「店内で暴れないで。それからアイオロス、貴方も意味が分からないことを言わないで」

腰に延ばされた手を軽く叩いてそう言えば、アイオロスは我儘っこのように腕の力を強めてくる。

「ああ、この際だからはっきりさせよう、なまえ!」
「あら、なにを?」
「結婚しよう!」
「ふふ、とても魅力的なお話だけど、お断りさせてもらうわね」
「なら、なまえ、私と・・・」
「ごめんなさいね、サガ。私、もう決めた人がいるのよ。貴方達には、私より素敵な人がいるはずよ。・・・ど、どうしたの?」

彼らの冗談に対して、そう返せば、何故か二人とも床に崩れ落ちてしまった。

なんだ、冗談には冗談で返したほうが良かったのだろうか?いや、だが変なところでクソ真面目なのが私の性格なのだ。そんな器用な真似はできない。だが、それにしても、この二人の落ち込みを見ていると、なんだか可哀想になってくる。恋人にフラれた直後とか?そこに、たとえ冗談であっても私が追い打ちをかけてしまったのだろうか?

「サ、サガ!アイオロス?」
「ああ、まったく。鈍感なのも罪だよね、シュラ」
「おい、アフロディーテ。そろそろ・・・」
「・・・うん?ああ、そうだね。そろそろあの馬鹿が来る時間だ」
「あら、今日はディーテのところにもお客さんがくるの?」
「いや?私のところには来ないさ」

そう言って笑った麗人の言葉を理解するより早く、彼が手を叩いた。乾いた音が店内に響き、それぞれ好き勝手な場所で飲み食いしていたミロたちが、彼に視線をやる。

「さあ、これ以上いると、なまえとお店の邪魔になる。私たちはもう帰るよ」
「ええ?私とサガは今来たところなんだけど!」
「アイオロス、文句言わないでください。この間の執務サボってシュラに押し付けたこと教皇に教えますよ。ほら、お前たちもぼんやりしてないで、さっさと帰るんだ。十二宮を何時までも空けていられないだろう」

綺麗な顔に似合わず、意外と男っぽい性格のアフロディーテが、入り口近くにいる人たちの首根っこを掴んで店外に放り出していく。まったく、営業妨害も良いところなのだが、それでも彼らのおかげで店が成り立っているため、とくに文句も言わずにそれを眺めていると、一度店外に放り出されたミロが店内に駆け戻ってくる。

「なまえ―!また明日も来るからなっ」
「ふふ、楽しみに待っているわ、ミロ」

私の手を大きな両手で包んで、そう微笑んで返せば、金髪の可愛らしい青年は何度も約束だぞと繰り返してカミュさんに引きずられて去って行った。

「ああ、静かになったわね」
「それじゃ、なまえ。また明日」
「ええ、待っているわ」

全員分の会計を手渡して去って行ったアフロディーテ達を店の外まで出て見送る。
見えなくなるまで手を振っていたミロや、アイオロスに手を振り返し、そして、とても静かになった店内へと戻った。



「よう」
「あら、デスマスク。さっきまで、貴方のお仲間がきていたのよ」
「ああ?あいつら、また来たのかよ」

そう言って、どっかりとカウンター席に腰かけた彼は、頬杖をついて私を見る。
そんな彼に、グラスを拭く手を休めずに微笑みかけ口を開いた。

「私の顔に何かついている、デス?」
「・・・なあ、なまえ、お前は俺の何が気に入らない?」
「またその話?」

溜息と共に吐きだされた私の言葉に、店内に入ってきてからずっと仏頂面だったデスマスクはさらに表情を歪めさせた。かと思えば、気付いた時には、カウンターの向こうから伸ばされた彼の手に、私の腕は掴まれていて。

ぐ、と引き寄せられた私の目の前には、鼻がくっついてしまうのではないかという疑問さえ浮かぶ距離にデスマスクの顔があった。不機嫌そうに眉を寄せる彼と、店内に流れる軽快な音楽が妙に不釣り合いだ。

「なまえ、俺の女になれよ」
「・・・貴方は、何度同じ言葉を繰り返すつもりなの?」

そう問い返せば、彼は一瞬眉を下げた。だが、すぐに元通りの不機嫌顔に戻った彼が、私の手を掴んだまま口を開く。

「じゃ、質問を帰るぜ。どうすれば、お前は俺の女になる?」
「・・・さあ?それくらい、自分で考えなさいな」

そう言い放てば、デスマスクは一瞬躊躇ったよう見えたが、すぐに私を見据えて口を開いた。

「何が欲しい。服か?光りものか?女はそういったものが好きだろ」
「悪いけれど、私はそう言った物は何もいらないわよ、デスマスク。そんなに貢がれても、私困るわ」
「・・・じゃあ、なまえ、お前はどうすれば俺のものになるっていうんだよ」
「・・・・・・・」

まったく馬鹿な男だ。


最初はふざけているだけだと思っていたが、今ではどこまでも真っ直ぐな彼の想いは良く分かる。

いつの間にか、私も彼のことが好きになって、ずっと見ていたから。
でも、だからこそ、余計に思う。本当に馬鹿な男だ。何度も同じ台詞を繰り返して、同じことだけ繰り返す。

「ねえ、デスマスク。私、まだ貴方から貰っていないものがあるわ」
「なんだよ」

さっさと言えとばかりに、私の腕を掴む力を強めた彼に、微笑みかけて、言ってやる。
私の本当に欲しいもの。


「貴方の想いを、貴方の言葉で、まだ何も聞かされていないもの」


その言葉を聞いた彼は、一瞬呆気にとられたように目を丸くしたが。

次の瞬間には、初めて出会った時のように自信満々な笑みを浮かべて、私の髪を一房手に取り口づけた。

「愛してるぜ、なまえ」
「まったく言うのが遅すぎるわ、デスマスク」
「ああ、そうかもな」

そう、初めて会った時みたいに、悪人面に笑みを浮かべた彼の、触れるだけのキスを黙って受け入れた。

「この俺が、馬鹿みたいにお前一人を愛してる」
「私もよ、デス」

今度は深く、唇を割って入ってきた舌に、まったく手の早い男だと見当違いのことを考えながらも、ようやく通じた想いに酔っているのか、素直に身を任せることにする。

店内に流れる軽快なメロディーが、ようやく場に馴染んできた、そんな気がした。


延滞告白無事成功
(ところで、いつになったらこの手は離してもらえるのかしら。仕事の邪魔よ)
(巨蟹宮についたら離してやるよ)
(・・・・は?)

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