Project | ナノ
「ふぉえ?」



しまった。フランスパンを口の中に突っ込んでいたせいで、間抜けな声になってしまった。


慌てて口を押さえてみても、もう時遅し。沙織ちゃんはにっこりと笑顔を浮かべて、先程私に言った言葉をもう一度繰り返した。

「お行儀が悪いですわ、なまえさん。ということで、今日一日監禁です」
「うん、行儀が悪かったのは認めるよ。でも明らかに、その理由は後付けだよね?ていうか監禁って何だ」

まったく、やることなすこと突然すぎるだろうと、頭を抱えれば、沙織ちゃんはなおも楽しそうに笑みを浮かべたまま、頬に手を添えて口を開く。

「良いですか、今日のなまえさんは眠り姫なのです」
「いや、意味が分からないよ」
「分かってください。なまえさんは眠り姫なのです。そして、今日、なまえさんの元へたどり着くことのできた者が、唯一貴女の隣に立つことが許される王子になれると!そういうことです。ご理解いただけましたか?」
「いや、意味が分からないよ」

眠り姫ってなんだ、それは。

毎度のことだが、沙織ちゃんのすることは意味が分からない。時々心配になってくるほど、意味が分からない。

「ということで、お願いいたしますわ。良い夢を、なまえさん」
「え、ちょ・・・!沙織ちゃん!?」

ばたん、という音と共にがちゃりと、鍵の閉まる音が残酷に響いた。ここは外鍵だ。さらに言えば、この部屋の窓の外は崖である。つまり、沙織ちゃんに鍵を閉められた今、私はまさしく、彼女に言われたとおり監禁されたのだった。

全てにおいて、突然過ぎて状況が理解できない。意味が分からない。眠り姫だと言われた次は、今日は監禁と言われ、その次の瞬間には即実行か。行動派すぎる。いや、そんなことを考えている場合ではないのだった。

「さ、沙織ちゃんんん!?ちょっと、沙織ちゃーん!!」

ばんばんと扉をたたいたり、ノブをまわしたりしてみるが、なんら意味を持たない。
すでに沙織ちゃんはどこかへ行ってしまったのか、扉の向こうには人の気配など一切ない。

「・・・えー・・・?」

呟いた声が、妙に大きく室内に響いた。

「サガはどこですか」
「仕事のし過ぎで倒れました。今は双児宮で眠っていると思います」

呆れたように口を開いたムウに、周りの黄金聖闘士も頷く。なるほど、彼が働き過ぎと言うのは本当だったらしい。なればこそ、身体を動かすことで、息抜きにもなるだろう。サガにも参加して欲しかったのだが、いないのならば仕方ない。

「・・・ということで、皆さん。必殺技あり、千日戦争あり、なんでもありのなまえさん争奪戦ですわ。王子になりたければ頑張ってくださいね」
「なにが、ということで、ですか。なにも分かりませんよ、アテナ」

呆れたように私を見て肩をすくめたアフロディーテに溜め息をつく。アフロディーテは理解力にかけますね。なまえさんの隣に立つには、もう少しすばやい理解力が欲しいですわ。ということで、二点減点にしましょう。

「もう少し説明してほしいのですが」
「仕方ありませんわね。・・・先日、星矢が学校の文化祭で眠り姫をやったそうなのです」

城戸邸で、紫龍達と一緒になって台本を持って一生懸命練習をしていたから、よく覚えている。私は見に行くことは出来なかったが、文化祭に行ってきたアイオリアとアルデバランは、とても良かったと言っていた。そもそもだ。私は小さいころから大勢と何かをやったことなど、聖戦くらいしかない。女神ではなく、城戸沙織として、そんなわびしい少女時代は嫌なのだ。

「なるほど、それでアテナもやってみたくなったと、そういうことですか?」
「理解が早くて助かりますわ、ムウ。眠り姫はなまえさんです。彼女を見つけ出し、邪魔をする他の聖闘士から救いだしたものこそ、彼女の王子になれる権利があるのです。まさに茨姫の王子の如く!」
「なまえの意志はかけらも含まれてねえな」
「それでは開始します」

デスマスクの言葉を無視して開始を告げれば、困ったように眉を下げていた黄金聖闘士も、なまえさんの王子になれるのならば、と、立ち上がり、光速で駆けだした。

「うふふ、楽しみです。これでなまえさんに恋人ができたりしたら、最高なハッピーエンドなのだけれど・・・」

呟いた声は、アテナ神殿の上空に広がる青空に吸い込まれるように消えて言った。


「どけっ!デスマスク!邪魔をするのなら容赦せん!」
「シュラ!お前、この間、俺がなまえのことを好きかって聞いたら答えなかっただろ!!そんな意気地なしは引っ込んでろ!!」
「女好きの貴様にその言葉、そっくりそのまま返してくれるわ!!喰らえ、エクスカリバー!!!!」
「邪魔だよ、シュラ、デスマスク!!」

教皇宮を出てすぐ。入口に赤薔薇が散る。
悪友であり、昔馴染みである魚座の聖闘士の容赦のない攻撃をぎりぎりのところで避けたシュラとデスマスクが怒鳴り声を上げる。

「なにをする、アフロディーテ!!」
「フッ、抜け駆けをしようとしても、そうはいかないよ。なまえは私のものだ」
「薔薇くせえオカマが何言ってやがる!!なまえにはお前らなんかもったいねえだろ!」
「笑止だな、デスマスクよ!お前に何が分かるのだ!!」

愚かしくも立ち止まって、ぎゃあぎゃあと口げんかをし始めたシュラ、デスマスク、そしてアフロディーテの脇を颯爽と走り抜ける、俺のすぐわきからカミュが駆け抜けていく。その目は、見たこともないほどに真剣で、少しばかり俺は焦りを感じる。

「カミュ!まさかお前までなまえのことが好きだったのか!」
「愚問だ、ミロよ」
「あ、おい、待てよ、カミュ!!」

なおも走る速度を上げるカミュに必死で駆けよれば、カミュはちらりと俺を見た。

「・・・カリツォー」

かと思えば、ふと俺を指差し、次の瞬間には俺の体は氷の輪に身動きを封じられていた。

「はっ!?いきなり何をするんだ、カミュ!」
「いくら我が親友のお前といえども、なまえは渡さん」
「ふ、ふざけるなー!ならちゃんと戦えー!!!」

そう言って走りだしたカミュの背中にどんなに怒鳴っても、彼はまったく聞く耳持たず。彼がみるみる小さくなっていくのを、黙って見ていることしかできないと悟った時、俺は広い青空を見つめ項垂れるほかなかった。



「おや、アイオリア」
「むっ!ムウか、戦うのならば何時でもかかってくるが良い!」

ぐっと、拳を構えたアイオリアに微笑み返せば、彼は一体何だと眉を顰めた。そんな彼に、私は両手を上げて降参を示して微笑み続ける。

「貴方と戦うつもりはありませんよ。私よりも、きっと貴方のほうがなまえを幸せにしてくれるのでしょうから」
「なに・・・?」
「なまえが幸せになってくれるのなら、私はそれでいいのです。さあ、アイオリア。なまえはロドリオ村にいるそうですよ。誰よりも早く、迎えに行ってあげてください」
「ムウ・・・!」

少し寂しげに微笑んでそう言えば、アイオリアは驚いた顔をしたが、次の瞬間、すまんと呟いて駆けだした。その後ろ姿を見て、噴き出しそうになるのを必死にこらえていれば、背後から肩をたたかれる。

「アルデバラン、こんにちは」
「ムウ、何を適当なことを。あれではアイオリアが可哀想だ」
「彼がなんと言ってもなまえを渡すつもりは一切ありませんから」

というより、黄金聖闘士が仲間とは言え、この状況下では敵の言葉をすんなりと信じるほうが悪いのだ。甘過ぎる。これで懲りて、次から敵の言葉を真に受けたりしないだろう。馴染みへの戦闘指導だ。私は何も悪くない。

「先程、金牛宮から向かってくる途中の階段でなまえに擦れ違ったぞ。どうやらお前を探しているようだったが」
「なまえが私を?」
「ああ、特別にお前に渡したいものがあるらしい」

これはもう、勝利が見えたも同然ですね。くすりと漏れた笑みをそのままにアルデバランに礼を言って十二宮へと駆けだした。

だからこそ、私はアルデバランの呟いた言葉を知らないのだ。

「喧嘩も不正も両成敗だ」

だが、アルデバランは知らなかった。その言葉を聞いていたシャカまでもが、十二宮の階段に向かって駆けだしたということを。






「シオンよ、老いぼれは引っ込んでいたらどうじゃ!」
「何を寝ぼけたことを抜かすのか、童虎よ!!老いぼれはお前のほうだろう!!」

恐ろしい形相で走り続ける教皇と天秤座の聖闘士の姿に、教皇宮を行き来する雑兵や侍女が何事だと動きを止める。だが、そんなことに構っている余裕もないのか、怒鳴り散らしながら走り合う聖域の平均年齢を極端に上げている原因の二人はスピードを緩めることはない。

「なまえには、私のように落ちついた大人の魅力ある男がお似合いだろう!」
「すぐに機嫌が悪くなる男のどこに、落ちついた大人の魅力があるんじゃ!それをいうならぴっちぴっちのフレッシュな儂のほうがなまえにぴったりじゃ!」
「何を笑止な!童虎よ、ならば貴様に聖域を二百年間教皇として統治ができるか?私のほうが優れている!!」
「フッ、ならばシオン、お前さんこそ二百年間正座し続けてみるのじゃ!!儂のほうが、忍耐力はある!!」

ああ言えばこういう、こういえばああいう。まさに言葉通り、言い合いを続けた二人はどちらともなく口を閉じて足を止めた。

「・・・シオンよ、お主にはもはや問答は無用のようじゃ」
「フッ・・・、童虎、我が戦友よ。こうなったからには、実力で突破口を紡ぐしかあるまい」
「「どちらがよりなまえに相応しい男か、」」

じっと睨みあう二人の間を一陣の風が吹き抜け、木の葉を一枚散らした。その瞬間、

「廬山百龍覇!!!!」
「スターダストレボリューション!!!」

教皇宮に爆発音が、響いた。

「・・・ああ、なにかさっきから嫌な爆発音とか聞こえてくる」

恐らく黄金聖闘士の誰かなのだろうが、一体何をしているのだろう。まさか私の監禁とは関係ある、・・・まい。多分だが。いや、だが確実に沙織ちゃんが関与しているに違いない。根拠など無いが、これでも彼女たちとは長い付き合いだ。それくらいなら、なんとなくわかる。

それにしても、一体いつになったら私はここから出られるのだろう。そろそろ暇を持て余してきた。もうかれこれ数時間はここで一人だ。早くここから出たい。こんなことになるのだったら、読みかけの本を持ってくるのだった。

そんな時、ふとカツリと窓際から音がして振り返れば、窓から部屋に飛び込んできたアイオロスさんと目があった。

「アイ、オロス、さん・・・?」
「なまえ、迎えに来たよ」

彼は、柔らかな笑みを浮かべて私を見て口を開いた。

「私のお姫、ぶっ!!」

瞬間、前のめりに倒れて、そのまま動かなくなる。

「うわっ!!アイオロスさん!!?」
「私のなまえに触るな、凡俗な英雄よ」

サラサラとした黒髪が視界の端をかすめ、そちらに目をやれば、どうやらアイオロスさんを蹴り飛ばした本人らしいサガさんがいた。彼は目をまわして床に倒れたアイオロスさんをちらりと見ると、顔に笑みを浮かべる。なんて恐ろしい人だ。普通、幼馴染にここまでやるだろうか。微塵の容赦の欠片も感じられない。つまるところ、まったく情けがないではないのだ。

「やりすぎですよ、サガさん!」
「黙れ」
「貴方が会話をする気が零なのはよく分かりました」

そう言い返せば、彼は僅かに笑みを浮かべて私を見つめた。

沈黙が、部屋の中に満ちる。
サガさんは、綺麗な顔に笑みを浮かべたまま、ゆっくりと私に歩み寄ってくる。

カツリと、彼の靴が音を立てた。

「サガさん?」
「なまえ」

大きく少し冷たい手で私の手をそっと取ったサガさんが私の前にしゃがみこんだ。彼にその行動をとらせた真意が理解できず、首を傾げれば彼は笑みを浮かべたまま口を開いた。

「愚かな女神どもよ。お前如き小娘の争奪戦に本気になるとはな。せっかく気持ちよく眠っていたというのに、大騒ぎしながら走り回る馬鹿どものせいで目が覚めてしまったではないか」
「なんですか、それ。一体何時の間に私の争奪戦が行われていたんですか。ていうか、絶対皆本気じゃないですよ、それ」
「どうだかな。だが、これだけは女神が言ったらしい真実。お前の下に、たどり着いたものこそ、お前の隣に立つ資格がある王子だそうだ」

くつくつと、しゃがみながら私の手をとったまま笑うサガさんに意味が分からないと首を傾げれば、彼はぴたりと笑いを止めて私を見た。

「なまえ」
「はい」
「お前に私の隣に立つ栄誉を与えてやろう」
「なんですか、それ。ツンデレなんですか、サガさん」
「馬鹿者が」
「馬鹿って・・・。ムードもへったくれもないですね」
「ムードが欲しいか。子供だな」
「子供で失礼しましたー」

ぷい、と顔をそむけた私に、サガさんは私の手を優しく掴んだまま再び笑みを漏らした。

そして、






「・・・っ!!?サ、ササ、サガ、さん!?ちょ、な、なんですか!!」



彼は、私の手の甲に、お伽話の王子のように、キスを、落としたのだ。



「なまえ、顔が赤いぞ」
「だ、だって、な、何がしたいんですか、貴方は!!!」
「相変わらずの愚問だな、眠り姫よ」
「なんですか、眠り姫って。じゃあ、サガさんが王子様になってくれるんですか」
「笑わせるな、私は黄金聖闘士だ」
「聖闘士が出てくるお伽話なんて聞いたことないですよ!!」
「フッ、だがお前はただのなまえ。誰からも愛される姫で良いではないか」

そう言って立ち上がったサガさんの黒い髪が、さらりと肩から落ちた。

「さてなまえよ、私はお前の下にたどり着いたのだ。なればこそ、願いを叶えてもらうぞ」

もはや、沙織ちゃんが最初に行っていた眠り姫でもなんでもないじゃないか。願いを叶えるだなんて、魔法のランプの精か、私は。願いをかなえてもらうぞって、私はそんな約束をした覚えはないというのに。そもそも、サガさんの願いって一体何なのだろう。到底叶えられないような無理難題の気がするのは、私だけではないだろう。

「な、なんですか・・・?」
「なまえ、お前の一日を、私に寄こせ」
「は?」
「どうせ暇人なのだろう。私の息抜きに付き合え」

仁王立ちでそう言い切ったサガさん。普段は優しくて紳士なのに、何故こんなにも横暴なのだ。いや、実際彼の願いは、想像よりも遥かに簡単なものではあったのだが、如何せん態度に問題ありだ。問題ありありだ。上から目線すぎる。シャカさんもびっくりな横暴さだ。普段優しい分の反動なのか?そうなのか、そうなのかよ、こんちくしょー。

「・・・もっと優しい誘い文句はないんですか」
「私に優しさを求めるか。相変わらず面白い小娘だ」

そう言って肩をすくめてみせたサガさんは、しばらく黙りこんだが、同じように黙り込んだ私に、数秒後には仕方がないとばかりに口を開いた。

「・・・・・・不服だがな、お前が傍にいると落ちつかんでもないということだ」

不器用。

遠回し。

嫌味ったらしい。

彼の言葉の印象はどれをとってもマイナス的だ。


だけど、そう言った彼の顔は、今までにないほどに穏やかに微笑みを浮かべていたから、私は言い返す言葉を失ってしまうのだった。

「来い、なまえ」

そう言って差し出された手を、私がとったのは、もはや必然だったのかもしれない。



不眠の眠り姫、偽物王子と脱走
(アテナー!!!なまえが何処にもいません!!)
(え?そんなはずはありませんわ)
(サガまで何処かへ行きました!!)
(あら、・・・あらあら、まあまあ)

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