Project | ナノ
さわさわと、地中海を彷彿とさせる乾いた風が、今しがた干したばかりのまっ白なシャツやシーツをはたはたと揺らした。
見上げれば、天に届くのではないかと思うほどの高さにある教皇宮、見下ろせば、侵入者を阻むような白羊宮。

荘厳な雰囲気があるからこそ、醸し出される落ちついた空気。
近くの木に止まった小鳥が鳴きながら飛び立っていく。

まさに、いつも通りの、双児宮の早朝だった。


「なまえ!」
「あ、デスマスク様、シュラ様、それに、アフロディーテ様まで。おはようございます」

洗濯物を干し終え、かごを持って宮内に戻ろうとした時、上から降りてきたらしいデスマスク様、シュラ様、アフロディーテ様は笑みを浮かべて私の挨拶の返事を返した。

「おはよう、なまえ」
「おはよう、良い朝だね」
「ええ、本当に。・・・それにしても、珍しいですね、こんな早朝から双児宮にいらっしゃるなんて・・・。サガ様、それともカノン様になにかご用でしょうか?」
「ああ、これから任務なんだけどよ、ちょっとサガに確認したいことがあるんだ」

手にした書類をぴらぴらと私の前に出しながらデスマスク様は言った。書類にしっかりと機密事項と書かれており、たかだか一女官の私に見せても良いのだろうかと一抹の不安を覚えながら、サガ様を呼んでくれと言うデスマスク様に向かい合う。

「サガ様は今日、久しぶりの休暇なのでまだお休みしておりますが・・・」

彼が帰ってきたのは昨晩、というよりも今日だ。日付が変わってから、ようやくお戻りになって大分お疲れの様子だったからまだ眠っているだろう。目が覚めるのは、もうしばらく先だろうと思う。しかし、背後からかかった声に、私は予想が外れたことをしる。

「私なら起きているよ、なまえ」
「おい、サガ!話の途中だというのにどこに行くんだ!!」
「サガ様、カノ・・・、・・・?」
「・・・?おい、なにを」
「私になにか用か?」

口を開いたデスマスク様はなぜか宮からでてきた双子の顔をみて口を噤んだ。そして、何を察したのか分からないが、とにかく納得したらしいアフロディーテ様に促されてシュラ様がデスマスク様の持っていた書類を差し出す。

「・・・、・・・・・・悪いが今回の任務で確認したいことがあるんだが」
「ああ、どこだ?」

三人は用件を済ませると、急ぎの任務があるのか、さっさと十二宮を降りて行ってしまった。

残った双子は私を振り向いて笑顔を浮かべる。

「おはよう、朝からお勤め御苦労、なまえ。今日は皆揃っているし朝食を一緒にしようか」
「ああ、それと、後でアテネに買い物行こうかと思っているんだが、一緒に来てもらっても良いか?」
「え、ええ。朝食もお買い物もよろこんで御一緒させて頂きます」

そう返した私に眉を顰めた双子はそれぞれ同時に私の両ほほを包む。一瞬の乱れもなかった双子の行動のリンクはすごいと感動しつつ、一体なんだと主である二人を見上げれば、二人は眉を顰めたまま口を開いた。

「敬語」
「俺たちだけの時は使うなと言っただろ」
「あ、申し訳・・・ごめん、気をつけるね」

恐れ多くもたかが侍女の私が黄金聖闘士にタメ口で話すなど恐縮どころの騒ぎではないのだが、それでも私が言葉づかいを直した瞬間表情を緩めた双子に、そんな小さなことはどうでもいい気がして、それ以上考えるのは止めにする。

そして、先程から気になっていた違和感を解明すべく、目の前で立つ双子に視線を合わせ、口を開く。

「それで、二人は服を交換して何をしているの?」
「なんだと?」
「え、だから、なにをしているのかと・・・」

目の前で何故か服を交換している双子、サガとカノンは私の言葉に驚いたように顔を見合わせた。

「なにか、しくじったか?」
「なんで俺たちが入れ替わっているのを見分けられたんだ、なまえ」

ひどく驚いた顔をして私をみたサガ様とカノン様に苦笑をする。

「もう・・・、私をからかっていたの?」
「・・・すまない。君は小宇宙など分からないだろうから」
「俺たちを見分けたりはできないと思ったのだ、なまえ」
「アフロディーテたちは気づいていたな。その件には触れなかったから、空気が読めるやつらで良かったと思っていたのだが」
「どうして分かった?俺たちが入れ替わっていること」

再び投げかけられた質問に、再びそっくりな顔をした二人を見つめる。
たしかに、ぱっと見では服を交換している今の状況で見分ける自信はあまりないが、それでも私だって、だてに長い間侍女として彼らと一緒に生活してきたわけでもないのだ。

「表情をみれば、すぐに分かるよ」
「だが、俺たちは同じ顔だ。多少の表情の差など・・・」
「いくら真似をしようとしても、貴方たちは別の人間なんだから、完璧に真似することはできないよ」

確かに二人とも不機嫌そうな顔は良く似ているが、普段はそうでもないのだ。サガは穏やかな表情を浮かべるが、カノンは逆に男らしい表情を浮かべることが多い。纏っている雰囲気だってまったく違う。

だから、相手の真似をしようとすると、どこか不自然さがのこるのだ。それは出会ってすぐなら分からないかもしれないが、これでももう随分と彼らと一緒に過ごしてきたのだ。それくらい分かる。

そう指摘すれば、彼らは顔を見合わせて笑った。

「試すような真似をして悪かった、なまえ。だがどうしても、お前に見分けてもらえるか気になったんだ」
「いいのよ」
「だが、嬉しかったよ。私たちを見分けてくれて」
「サガが、他の女官さんと一緒にいるときに私を見つけてくれるのと同じよ?」
「いいや、星矢など小宇宙が分かるはずなのに俺たちを間違えるからな。それを抜きに分かってくれたのは嬉しい」

そう穏やかな笑みを浮かべたサガとカノンにつられて、私も微笑む。

だが、そこでふと思い出したことがあり、それを伝えるべくサガとカノンに向き合って話を続ける。

「あ、でもね、星矢君がこの間聖域にアテナ様と一緒にいらっしゃったときに言っていたわ」
「なにを?」
「サガとカノンを一発で判断する方法があるって」

そういえば、カノンが小宇宙だろうと即座に返してきたが、私は首を振る。そもそも、それが答えだったらあまりにも芸がないと思うのは私だけではないだろう。

確かに、聖闘士にとって小宇宙とは個人を表すもっとも大切なものなのかもしれない。だが、小宇宙を感じることができない私にも双子を見分けることは可能だ。それは、そこに彼らの個人としてのアイデンティティがあるからだ。

星矢君の見つけ出した、それはまさに、彼らのアイデンティティから導き出されたものなのだ。

「アイオリア様やアイオロス様にお話しているときに私も聞かせて頂いたのだけど」

興味があるらしいカノンは、頷きながら、サガは落ちついて僅かに微笑を浮かべながら私の言葉を聞いてくれる。

「サガは、法衣の下も聖衣の下も裸だから、それさえ確認すればすぐにわかるって」
「・・・・・・・・・!!!!!!」
「あー、確かにな。星矢も考えたな」

正解だと頷くカノンの隣で、サガは一瞬にして表情を崩し、顔を引き攣らせた。

「私はちゃんと履いている!!!!」
「えっ、でも瞬君は、サガが星矢君に素っ裸で襲いかかったって・・・」
「・・・サガ、さすがにそれはひくぞ」
「尾ひれがつきすぎだ!!断じてそれだけはしていない!たしかに裸で聖衣は纏ったが、・・・おい、今やっぱり裸だったんじゃんかっこ笑い、と思ったやつ手を上げろ、今すぐなぶり殺しにしてくれる!」
「落ちついて、サガ。意味が分からないわよ」
「・・・、すまない。だが、そもそもあれは私ではなくあいつが勝手にしたことだ!!私はちゃんと下着を履いている!」

私は、私の肩を掴んで必死に否定するサガの形相にすこしばかり引き気味になりながら、続きを促すカノンに頷いて、青銅聖闘士くんたちに聞いた噂話をさらに続ける。

「あとね、カノンがパンツをちゃんと履いているのは自分の独自性を保つためだけであって、本当はサガみたいに開放感溢れる洋服の着こなしをしたいんだって、星矢君が」
「ふざけるな!俺はそんな気持ち一切抱いておらん!」
「紫龍君が言っていたよ、自分に素直に、聖衣に素直にって」
「俺を裸族と一緒にするなと伝えておけ、なまえ!!!」
「どうりで最近、雑兵や侍女、候補生の視線がおかしいと思っていたのだ。原因は簡単だったな、星矢たちが、そんな下らない噂を流したからか」
「次に会った時には、俺たちを敵にしたことを後悔させてやるぞ、サガ・・・!」
「ああ、もちろんだ、カノン。異次元旅行か、冥界旅行か、どちらにせよ片道切符を渡さねばならん」

若干悪人の顔に戻った二人の間の手から、星矢君たちを救うべく、私は口を開いた。
が、それが失言だったことに気がついた時、言葉はすでに外へ飛び出ていた。

「星矢君たちは、アイオリア様とアイオロス様にしか言っていないよ、・・・・あ」

しまった、と思ったが、すでに後の祭り。

なにか、黒いオーラを撒き散らす二人に肩を掴まれた私の足は、制御をやめれば今すぐにでもここから逃げるべく駆けだしていきそうだ。だが、そんなことをしてもこの二人から逃げられないことが分かっていたから、そして逃げたらさらに酷い目にあうことは容易に想像できたからこそ、私は人生最大とも言えるほどの勇気を振り絞って、なんとかその場に留まる。

「アイオロスはともかく、アイオリアがそのような下らない噂話を人に漏らしはしないだろう」
「だが星矢たちは他の誰にも言っていないらしい。・・・ならば、何故女官や雑兵が俺たちを変態扱いするような目で見てくるのだろうな、なまえ?」
「な、なんでだろうねぇ・・・」
「「なまえ」」

完全に目が座っている二人に、これ以上のごまかしは無駄だと理解して私は白状することにする。

「ちょ、ちょっと・・・話の種に、・・・ほかの女官に話しちゃった、気が・・・するナー・・・」

えへっと可愛く笑ってみたが、どうやら可愛くはできなかったらしい。物凄い形相に早変わりしたサガとカノンを見ればそんなことくらい一目瞭然だ。

「馴染みのよしみだ。なまえ、お前に選ばせてやろう、銀河の星々をも砕く技の中から好きなものを選べ!カクタスジャックナイフか、ナルセロックか!?」
「なんでそんなマイナーな技が使えるの!プロレス技は勘弁!!」
「ならば喰らえ、ギャラクシアン・・・」
「もっと勘弁してえええええ!!!」
「待て!フレイア―――!!!!!」
「ぎゃあああ!追いかけてこないでくださあい!!」

肩を掴む手の力が弱まった瞬間駆けだせば、サガもカノンも私を追いかけてくるものだから、笑えない。本当に、笑えない状況だ。生と死をわける究極の鬼ごっこだ。まさにリ○ル鬼ご○こだ。しかも相手が黄金聖闘士と、同等の力を持った男、というのがすでに反則的だ。叶うわけがない。本当に、笑えない。

必死に逃げる私の横を、ゆったりと通り抜けて行ったムウが優雅にいつもいつも、朝から元気ですねと笑っていたが、私にはもはやそれに返す余裕などかけらもなかった。

「「なまえ―――!!!!」」
「いやああ!誰か助けてー!!」
「なまえ、今晩私の風呂を君が沸かすまで許さんぞ!!」
「パンプキンパイを焼いてくれるまで許さん!」
「うわっ、思ったより安い交換条件ですね!!お安いごよ・・・」
「酒の酌、夜は添い寝、風呂では背中を流せ!」
「期待した私が馬鹿だった!!営業外労働は不可です!!」
「ならば私か」
「俺と」
「「結婚しろ!!」」
「そんな理不尽な!しかも意味がわからない!!」



Sunday morning
(楽しそうだな、なまえ。ランニングか?)
(違います、アイオリア様!私の命と貞操の危機です!)
(サガたちも楽しそうな顔をしていると思うが・・・。ウォーキングか?)
(違います、アイオリア様!まさにリアル鬼ごっこです!!)
(だが、サガたちのあんな顔は聖戦の際は見られなかった。・・・平和になったのだな)
(私の周りは平和どころか超危険地帯です!!!)
((なまえー!!!!!))
(ひいいい!!!)

おまけ年中語り

(実際二人の演技は完璧だよね。表情の真似だって完璧だ)

(10年以上ともにいた俺たちだって小宇宙がなければ分からない)

(だけどあいつの反応、あれは絶対わかってたよな?なんで小宇宙が認識できないなまえに分かったんだ?)

(さあ・・・愛の力?なんてね。・・・まあなんにせよ羨ましいよ、サガとカノンのくせにあんな面白くて良い子はもったいない)

(ああ、まったくだ。俺の宮に移動してくれねーかな)

(止めたほうが良いぞ。以前俺が勧誘したときなど、どこからともなく現れたサガとカノンに問答無用で異次元に送り込まれた)

(ああ・・・、彼女の恋人になる人物は大変だと思うよ)

(うへぇ、もれなくついてくるのがあの双子かよ!)

(そもそも彼女に恋人なんてあの二人が許すかい?あわよくば自分が、って虎視眈眈と狙っているようにしか私には見えなかった)

(そのうち重婚可能な国の、国籍取得して、見事な三角関係作り出しそうだな)

(冗談に聞こえないからそういうことを言うのは止めてくれ)

top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -