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 それから日が昇っても、昼が過ぎても、なまえはもう現れなかった。そこで、まさかあれで本当に消えてしまったのではという想いが過って家中探し回る。「征十郎さん、何かお探しですか」、そんな使用人への対応もそこそこに家を飛び出す。台風はもう通り過ぎたようだった。多少強い風が残っただけで、空は真っ青に晴れている。なまえ。どこに行った。あいつが行きそうな場所を探し回るが、見つからない。中学校の時に買い食いしたコンビニ。黒子達とよく行ったマジバ。どこにもいない。そうだ、最初に会ったあのバスケットコートと思い、再び走り出す。そうすればコートの前を歩く黒ずくめの女を見つけた。

 「なまえ!」

 肩を掴んで無理やり振り向かせる。

 「な、なんですか」

 別人だった。(死にたくなった)

 謝罪をしてまた走り出す。バスケットコートの中にもいない。だとしたらあとはどこだ。もう心当たりなんて(ねえ征十郎、遊びに行かない)、ふいになまえの声が頭をよぎる。


 帝光中学校。

 あいつが行きたいと言っていた学校。オレ達が一緒に過ごした中学。もうそこしかないと走り出す。休みだったが、部活動はしているらしく、運動場で偶然監督にあった。なんというべきか分からないが、久しぶりだが見学させてもらうことができるかと尋ねると存外簡単に許可がおりる。今年のバスケ部一軍に少し指導してやってくれなんて言われた。それに曖昧に答えて校内に入る。彼女の姿は、ない。ふと交換日記のことを思い出した。もう無いだろうと思っていたのだが、ロッカーの上に手を伸ばすと指先に触れる何か。手に取ってみれば、それは埃をいっぱいかぶっていたが、あのころのノートだった。オレ達の交換日記。

 そっとページを開く。
 久しぶりに見る彼女の少し汚い丸い字と、奇妙な生物たちのイラスト。野獣のような顔をしたそれらはうさぎであったりリスであったりするらしい。オレの返事がほとんどない中でも、繰り返される話題は常に明るく楽しいものだ。途中から見覚えがないページに入り始め、恐らくオレはこの先を読まなかったのだろうと判断して目を通す。

 「2月12日 くもり 超寒いね! もうすぐバレンタインデーキッスだね! チョコが貰えるといいね! もらえなくてもあげるから心配してゲロはかなくて良いよ!」

 「2月16日 晴れ 雪が積もっていたのでクラスのさおりちゃんとまさむねくんと雪合戦したよ! その時に雪で気が付かなくて池に落ちて足が死ぬかと思いました」

 そんな調子で続いて行く日記に笑みが小さく零れる。中学校の三年間でこれだけ変わらずに我が道をいく人間もなかなか珍しい。だが、目が丸くなったのは一番最後のページ、たぶん卒業式の前日に書かれたページ。

 「明日は卒業式。天気になるといいね。征十郎が楽しめますように」

 そんな文面の、一番した。何度かかき消したらしいが、それでもやはり刻まれた、文字。それに何故かひどく胸を打たれた。彼女の声が文字に被る。ああ、どうして、どうしてオレはこれを確認しなかった。返事をしてやらなかったんだろう。


 「征十郎が、すきだよ」


あの日、雨の中で絶望したような表情を浮かべた彼女のことが、何故か思い出された。

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