目が覚めた時、なまえはとなりにいなかった。随分と長い夢の中にいた気がして、頭が痛い。見渡せば、あいつはベッドの下で夕べのアルバムを眺めていた。本当に写真を見るのが好きなやつだ。
「おはよう」
「あ! 征十郎、おはよう!」
声をかけるとぱっとこちらをむいて、今日は風が強いよ、なんていう声に窓から外を見て確認する。そういえば台風が近づいていると聞いた。ぼんやりと外を見つめて、それからアルバムを眺めるなまえに視線を戻した。
「雨が降る前に、少しその辺を歩きに行こうか」
「やった! いく〜」
「それから、墓参りに行くよ」
「わたしのお墓だね! エキサイティング!」
なんにもエキサイティングじゃないと突っ込みたかったが、このテンションのなまえはきっと何を言っても聞きやしないだろう。朝食をとって、それからなまえと連れ立って町にでる。ぶらぶらとあたりを歩いてから花屋で花を買った。なまえは食虫植物に熱烈な興味を抱いていたが、そんなものを墓に備えるのは本人の望みだとしてもさすがに気が進まなかったので普通のものを選んだ。それから横で「散歩」を歌うなまえを連れて墓へと向かう。その途中。
「赤司君?」
聞きなれた声に振り返ると、そこには少し驚いた顔をした旧友が立っていた。
「お久しぶりです、お元気でしたか?」
「黒子」
ぱたぱたと駆け寄ってくる黒子に同じように走り寄ったなまえが大型犬のように黒子の周囲をぐるぐると回って大はしゃぎをしている。黒子はその様子には一切気づかず、分からないようだった。
「うっわあ黒子君だ! ぜんぜん変わらないねー!! すごい、日本人の神秘だよ! 黒子君は成人してビッグ黒子に代わっても黒子君のままなんだね!」
言っていることはオレにも何一つ分からないけれど。
「お出かけですか?」
そう尋ねられ、手の中の仏花を見せる。黒子は目を丸くした後に、表情をわずかに歪めた。「なまえさん、ですか」「そうだよ」「そうですか……。きっと喜ぶでしょうね、彼女は赤司君のこと大好きでしたから」「やだ黒子君ってばバラしちゃだめだよぷんぷん恥ずかしいじゃん!」全然恥ずかしそうじゃない。黒子の切なそうな顔と、隣できゃっきゃとはしゃぐなまえの対比が見るに堪えなくて目を逸らす。
「もう、7年か」
「はい。きみ、お墓参りには?」
「今日が初めてだよ」
「それじゃあ待ちくたびれてブーイングの荒らしかもしれませんね」
「やだ黒子君ってば超乙女心分かってる! わたしすごくブーイングしてみたい気分!」
若干一名がうるさすぎて、オレにはとても場の空気がしんみりとしたものには感じられない。
「でも、どうしてまた今?」
「ああ……少し、色々と考えさせられることが起きてね」
主に今キミの隣で大騒ぎしている女の存在がその理由だが、黒子に言っても理解はしてもらえないだろうし黙っておいた。お茶を濁したオレに黒子が微笑む。
「気持ちの整理はつきそうですか」
「さて、どうだろう」
「ただ待つだけでは駄目ですよ。そうだ、先日緑間君たちと飲みに行ったんですって?」
「ええなにそれずるいいつの間に征十郎ってばお酒の味が分かる大人になっちゃったの」
なまえを無視して頷くと、黒子は紫原から連絡を受けたと告げた。「それで、今度みんなでバスケをやろうという話になったとメールをいただきまして、すこし話したんですが。どうも明日になりそうなんですけど、どうです?」「明日? 急だな」「お盆休み中ですし、これを逃すとまたしばらく無理そうなので」、結局時間をなんとかつけることにして明日の夕方にあのバスケットコートに集合することになった。
「それじゃあ、なまえさんによろしく伝えておいてくださいね」
そう言って手を振った黒子に、「よろしくお伝えされた!」と答えて笑うなまえの手を引いて、その場をさる。墓に行くまでも、なまえはひたすら「お酒いいないいなわたし飲んだことないのにあれでしょ征十郎は酔っぱらうと笑い上戸と泣き上戸のダブルパンチなんでしょ」なんて騒いでいる。
彼女だけの時間の流れが止まってしまっていることを、再確認させられた。
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