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 話を求めたオレに彼女は語った。いろいろなことを。四季の移ろいを、コートの横を通る子どもの成長を、生えて来た雑草が花を咲かせたこと、コートで繰り広げられる学生たちの青臭い話を。

 「殴り合いをしたあとに抱き合って、夕日に向かって走り出した時はいいな〜青春だ〜って思ったんだよ。ねえねえ征十郎、明日は夕日に向かって走りに行かない? え、やだってなんで。わたし昔から土手を夕日に向かって走ってみたかったんだよー。でもこの辺り土手ないししょうがないか」

 「走りたかったのに今まで一度も走りに、行かなかったのか」

 「うーん、生きていたころは時間なかったし、また今度って機会をうかがっていたんだけど、こうなったら今度はコートからあまり遠くには行けないんだよね。生きてた頃の生活範囲より遠くにはいけないの」

 「それじゃあ、家には戻れるのか?」

 聞いてから、しまったと思った。オレ以外には見えない彼女が家に帰り、そこにいる家族に会ってどうしろというのだ。それは残酷な仕打ちだろう。自分の死をまざまざと見せつけられるようなものだ。すぐに撤回しようとしたのだが、なまえの人差し指がオレの唇に添えられる。黙れ、ということか。

 「聞いて、征十郎」

 征十郎に、聞いてほしいよ。

 「わたしね、家族にも友達にも会いに行ったの。でも、だれにも見えなかった。みんなが泣いてくれたり苦しんでくれたりしている間も、なにもできなかった。だから、家にいたくなくて、だからって行く場所ないし、夜の中学とか高校って怖いじゃない。で、あのバスケットコートにいたんだ。征十郎たちが大好きだったバスケを傍で見られるのが本当に楽しかったの。でも、でもね、それ以上にね、また征十郎に会えて、わたし本当に幸せだよ。こうやって話せて嬉しくてどうにかなっちゃいそうなくらい」

 うそだ、それは嘘だよ。だってそれが本当ならどうしてお前はまだこの世にいるんだ。何か未練があるはずだった。心残りがあるはずだった。そんなお前がオレだけに見えるということは、やはりオレに原因があるのだろう。お前はオレをどう思っているんだ。疎ましく、妬ましく思っているのか。憎んでいるのか。分からない。それがどこか空恐ろしい。

 暗い部屋のなか、窓から差し込む月明かりに照らされて微笑むなまえが見えていた。頬に手を伸ばす。触れることはかなったが、やはりそこに体温を感じることはできなかった。

 「征十郎、」

 会いに来てくれてありがとう。
 連れてきてくれてありがとう。
 わたしを見てくれて、ありがとう。

 なまえが重ねるのはありがとうという礼ばかり。オレは何もできていないどころか、彼女が死ぬ直前にはひどい仕打ちばかりしていたのに、恨みつらみなんて一切なかった。それが逆に苦しく感じてオレを彼女から目を逸らす。ぼんやりと、これは彼女からの責めなのかもしれないと感じた。だけど冗談じゃない。こんなにも優しくて残酷な罰があってはたまらなかった。

暫く暗闇の中のなまえを正面から見て、切り出す。

 「なまえ」
 「なに?」
 「……明日、墓参りに行くよ」
 「……え、なになに、だれの? もしかしてわたしの? わたしがわたしのお墓参りいくの?」

 世にも奇妙な物語だねとなまえはけらけらと笑った。そんな彼女の手を握って、行くよともう一度呟いた。そうすれば、なまえは暫く黙ったあとに、うんと頷いた。次第に眠気が訪れても、オレは極力起きていようと努めた。隣のなまえは本当に眠気すら感じないのだろう。ぼんやりと宙を見つめたり、窓から空を見上げたりしていた。だが、だめだ。もう眠りに落ちそうだと思った時、オレは気のせいか、聞いた気がした。


 「征十郎、わたし征十郎を困らせてばっかりだ。苦しませてごめんね」


 そう言った彼女の声を。違うって伝えたかったのに、もう睡魔に支配された頭では答えることもできない。だけど、ああ聞いてくれ。困らせているのは、苦しませているのは、本当はオレのほうなんだろう。

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