帰り道、何を話せばいいのか分からずに、オレは言葉少なになった。だがそれでも問題なかったのは、やはりなまえがぺらぺらと話続けているからだ。元気に満ち溢れた彼女がオレのよこで「けんけんぱ」なんて言いながら飛び跳ねつつ進む。そんな彼女が突然オレの手を引いてある一点を指差す。
「あ! 征十郎、みて!」
「……帝光中か」
「懐かしいねえ、ちょっと見に行かない?」
「こんな時間に入れるわけがないだろう」
そう返せば、なまえは本当に残念そうに眉をおとした。校門の前を通り過ぎる間も、ずっと名残惜しそうに校舎を見つめるなまえに、また今度、部活でも見に来ようという。そうすれば途端に彼女は笑顔になって今度はスキップをし始めて溝にはまった。
「ぎゃー!」
「……ふ、」
あまりに間抜けなその姿に思わず笑いが漏れる。そうすればなまえは勢いよくこちらを睨みつけて来たが、自分が信じられない失敗をしたことに気が付いたのか次第にゆるゆると顔をゆるめて笑った。溝から出てきたなまえに怪我はない。当然か。そう、いまだに違和感のあることを考えて再び歩き始める。また落ちられてはかなわないので今度は手をつないでおいた。
「ねえ征十郎」
「なんだ?」
「覚えてる? 中学校の時交換日記やってたよね」
「ああ……」
なまえが友人とやっていて楽しかったからオレともやりたいなんて言って持ってきた交換日記。三年間彼女との日記に付き合ったことを思いだす。大抵ページを埋めるのはなまえの落書きだったり彼女の学校生活や私生活の話だったりしたが、オレはあれが中々嫌いではなかった。
「面白かったよ」
「えーうっそだー。征十郎、途中からほとんど返してくれなかったじゃん」
「部活が忙しくなったからね」
「あ、じゃあ最後のページ見た?」
「最後? いや、見ていないが」
そう答えると、なまえは口を真ん丸にしてありえないと叫ぶ。「受け取ってないってことなら……、じゃああれ多分まだロッカーの上に置いてあるんじゃない!? やだー! 誰かに読まれたらはずかすぃー! 今度回収しといて!」、そういえば交換場所はロッカーの上だった。だれもそんなところは見ないだろうし、直接会えないときでも渡せるようにとなまえが決めた隠し場所。だが、さすがにあれからもう何年も経っているから無いのではないか。
考えながら歩く。
もう帝光は見えなかった。なまえは、今度はくるくると回りながらオレの前を行ったり来たりしている。だが次第に歩調を合わせるとオレの隣に並んで視線をアスファルトの歩道に落とした。
「征十郎」
「なに?」
「……征十郎、」
「どうした」
「……青峰君、なんにも変ってなかったねえ」
「青峰は……そうだな。だが、他の面々もあまり変わりはないぞ」
「そうなんだ、見たいなあ」
「今度ストバスをしようかという話になっているから、その時にでも見に来ればいいさ」
「やった」
「そうか」
「征十郎」
「今度はなんだ」
「せーいじゅーろー」
「…………」
「えへへへへ、征十郎」
呼んでみたいだけ。でもお返事くださいな。
茶化してそう言ったなまえの真意を、オレは分からなかった。
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