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 「征十郎部屋綺麗だねエロ本とかないのエロ本」

 非常にふざけたことを言いながら人のベッドの下を覗き込むという不躾な真似をするなまえをほうって仕事を片付ける。騒がしい事この上ないが、ほうっておくことにした。家の者には、というより、本当にオレ以外の誰にも彼女の姿は見えないらしい。こうなるともう彼女がこの世の存在ではないことを理解するしかない。何故オレには見えるのだろう。彼女の未練がオレに向いているものだからなのか、それとも親交が深かったからなのか。答えは分からない。(それともオレがおかしいのかもしれない)

 「夕飯はどうする」
 「食べないよ〜」
 「そうか」
 「でも一緒に行こうかな」

 ひとりで征十郎の部屋にいるとそわそわしちゃうしと言ったなまえはオレのあとをくっついてくる。父との食事の際ちゅうもあいつは一人で話し続けるものだから正直騒がしくて敵わない。

 「やだ征十郎ってばわかめ食べられるようになったんだね成長したね」からはじまり「うわっグリーンピースわたし苦手なんだよね、なんか観葉植物っぽくない? グリーンネックレス」、さらには「そういえば征十郎はカレー味のうんち派? うんち味のカレー派?」ときたものだ。正直怒りたくもなったのだが、彼女の姿が誰にも見えていないのだとすればここで取り乱せばオレの負けだ。なんとか堪えて食後、風呂に向かう。ついてこようとしたなまえは当然部屋に残してきた。何をどう考えて風呂までついてくるという考えになるのか。なまえには恥はないのか。ないだろうな、中学校のイベントの流し素麺でくしゃみをしたせいで素麺を鼻から出した状態で一人大うけして色々な人間に見せに行くような女だ。


 ひとり、シャワーを浴びながらゆっくりと思い返した。今後の対策や考えは結局なにひとつまとまらなかったが、それ以上長いする気にもならずに風呂を出る。部屋に戻ると、なまえはオレの出しっぱなしにしていたアルバムを眺めていた。

 「ねえ征十郎」
 「どうした?」

 神妙な声で呼びかけられ、歩み寄る。そうすればなまえが一枚の写真を指さしていることに気が付いた。青峰が変顔をしている写真。また随分と思い切った顔をしたものだと考えていると、なまえは青峰と同じ顔をして振り返った。

 「おぞましいものを見せるな」
 「えっそこは笑うとこでしょ、ほら!」
 「笑わないよ、そんなことで」

 下らないことをしていないでさっさと寝るぞと言ってアルバムを閉じた。ベッドに入ってから、そういえばなまえの布団を準備していなかったと上半身を起こす。そしてオレが見たのは何故かいそいそとオレの隣に横になるなまえ。

 「……なにを、している?」
 「添い寝っ」

 奇妙なウィンクをおまけに答えたなまえに、なんとか平静を保ちながら目を伏せた。

 「布団なら今出す」
 「いらないよ、寝ないもん」
 「眠らないのか」
 「だって死んでるし。おばけだぞ〜」
 「そうか、寝ないのか」

 ならば布団を新しく出す必要はないだろう。何故オレのベッドに入りこまれたのかは不可思議極まりないが、こいつのことだ、きっと暇つぶしに違いない。寝なおして、目を閉じる。暗闇の中、本当にとなりになまえはいるのだろうかと不思議になるほど部屋は静まり返っていた。

 ふと、なまえが突然オレの前に現れたことと、この女があまりにも昔通りだったから多少混乱していて気が付かなかったが、6年以上、こいつは一体どこで何をしていたのだろうと考えた。ずっとひとりだったのか。だれにも見えないと自己申告していたが、それならば誰と話すことも、寝ることも、食べることも無く何年もの月日をひとりで?

 「うふふ、征十郎の寝顔かーわいっ」

 ふざけた台詞を耳元ではかれたせいで、それを聞くタイミングをオレは逃した。

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