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 翌日も、朝から暑かった。家から出た瞬間に、街を焼く太陽とご対面だ。まだ家を出て少しも経っていないのに、すでに汗が滲み始めていた。聞こえてくる蝉しぐれが、庭の土にとけていくようだった。日曜の朝、約束通りあのバスケットコートに向かう。本当にあの女がいるかはオレにも分からなかった。いなければ帰れば良いのだし、それはそれで安心するから良い。むしろ今のように危険かもしれないのにのうのうとあの女のところに向かっているオレのほうがおかしいのだ。分かっていても、何故か足はコートに向かう。あの変な懐古のせいだった。同級生、というけれどやっぱり思い出せないあの女は、卒業アルバムを引っ張り出してきてもやはり覚えは無かった。卒業するときに桃井にもらったアルバムにはバスケ部の一軍ばかりが映っていて、やはり彼女らしい女は写っていない。本当に、だれなんだ。

 「ぐっもーにん! 今日は良いお日柄でございますのね旦那様!」
 「でも本当に知り合いですらない可能性もやはり残ってはいる」
 「え、なにがなにが?」

 昨日の不審者スタイルに、今日は謎のフリルのついた黒い日傘まで追加されている。このままではコンビニにすら入れないのではというような服装の女にため息をついた。やはり、こんな奇妙な人間は帝光にも、洛山にもいなかったはずだ。(やはり知り合いというのは虚偽かもしれない)

 「1 on 1の五本先取、で良いんだったかな?」

 もうこうなったらさっさと約束を済ませてしまおうと転がってきたバスケットボールを拾い上げて確認する。「もちのろんです」と謎の言語を発する女が構えるのを見てとりあえず日傘を仕舞えと突っ込んだ。だめだ、気が散る。

 「その服、ぬがないのか」
 「やだ赤司君ってばえっち、こんなところで服を脱がそうとしないで! 通報するよ!」
 「帰っていいか」
 「ああああ嘘! 嘘だから! 帰らないで!! 服は良いの、暑くないから!」

 そう言うと、彼女は日傘をコートの端に投げてオレにかけよってくる。それをドリブルでかわしてシュートを決めた。久方ぶりにしたけれど、まだ体はなまっていないらしい。一方で彼女の動きは確実に初心者だ。ボールを奪い所か触れられもしない。これでよくオレにバスケをしようなんていえたものだなと内心冷めながらシュートを重ねていく。恐らく、5分もかからなかった。5対0、ゲームにすらなっていなかったと考えながら転がってきたボールを置く。

 「満足か?」
 「……くっ……」
 「……?」
 「くやしいいい!! もう一回!! もう一回やったら勝てる気がする!」
 「無理だよ」

 一朝一夕でどうにかなるものではないと告げて持ってきていた飲み物に口をつけた。彼女はまだ悔しい悔しいと言って跳ねまわっていた。怪しさいっぱいである。彼女と一緒にいるところを見られたら、オレも不審者扱いされるのだろうか。それは嫌だなと考えて、水を飲むよう勧める。

 「そこに水道があるから、飲まないと。熱中症になるぞ」
 「喉かわいてないもん」
 「それでも、……?」

 違和感は、初めからあったのかもしれない。ただ、あまりにも肌を覆う部分が多すぎて気が付かなかっただけで。だが今こうして落ち着いてよくよく見てみると、彼女は汗の一滴かいていない。それに、サングラスや帽子で隠されているとはいえ、その身長や顔の形、眉、それから昨晩暗い中でも見えた目に、見覚えが無いというわけではなかった。ただ、それがありえないことというだけで。(もう一回やったら勝てる気がする!)、昔もそう言ってきたやつがいた。負けず嫌いで、好奇心旺盛で、将棋やチェスに何度か付き合ったけれど結局いつも勝つのはオレで、彼女は何度もその台詞を繰り返した。

 「赤司君?」

 どうしたの、熱中症ですかー。
 間延びした声に顔をあげ、あいつがしゃがむ僕の顔を覗き込んできていることに気が付いた。その、声。思わず手を伸ばしてサングラスに指をかけた。あいつは動かない。すかっと指がすけたらどうしようとも思ったが、そんなことはなく、普通にサングラスを掴むことはできた。


 「……暑くないって」
 「え?」
 「暑くないからなんて、嘘だろう。どうあがいても、今日は暑いし、それにお前……、バスケもやったのに、どうして汗ひとつかいてない」

 いや、違う。そうじゃない。もっと確認しなきゃいけないことはある。
 ゆっくりとサングラスをはずす。そこにあった黒い目は、まっすぐにオレを見つめていた。指先が、震える。そうだ、確かにオレはこの顔を持つ人間を知っている。忘れもしない、きっと一生。だがその名を久しく発していなかったために、口元が強張って名前を呼ぶことを躊躇った。結局数秒たって、なんとか声を絞り出す。あいつは目を細めた。


 「……なまえ、なのか」
 「……ね、ほら知り合いでしょ?」
 「うそだ……、そんなはずない。ありえない。お前は彼女じゃない」

 声が、震える。平静になろうと心に鞭をうっても、混乱している頭では上手くいかなかった。「もう、ずっ友の顔忘れちゃったの、ひどーい」なんてお前はあの頃のように笑って見せたけど、おかしいんだ。どうして、あれから何年も経っているのに記憶の中のままの素顔を見せる。どうして、ああ、どうして。


 「なまえは、高校一年の夏に死んでいる」

 マスクをはずした死んだはずのお前は、真っ青の空を背中にあの頃と何一つ変わらない笑顔を浮かべた。

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