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 夕方、訪れた店ののれんをかき分けて店内へと入る。ぐるりと中を見渡して、旧知の友人たちを見とめ、そちらへ歩み寄る。

 「待たせたね」

 すでに待っていた二人にそう声をかけて席に腰かける。そうすれば緑間と紫原は顔をあげてメニューを手渡してきた。
 「オレもう腹ペコだし」
 「さっきまで駄菓子を食っていたやつが何を言っている。オレたちも今来たところだ、気にするな」
 「ああ。紫原はまだ菓子を食べているのか」
 そんな会話をしながらメニューを眺めて注文を確定する。黒子達も来られればよかったのだが、仕事ならば仕方がない。社会人になると忙しくて会う機会も中々作れないため、たまたま日にちがあった三人で仕事の話や近況を報告しあう。そして話はやがて、バスケへとうつっていった。

 「今度さー、帝光のみんなでバスケやんない? 勝った人がお菓子買ってもらう」
 「それで食いつくのはお前か黄瀬くらいのものなのだよ」
 「だが、良いんじゃないか。楽しそうだ」

 それなら、中学近くのバスケットコートで良いよねと紫原は言ってデザートを口に運ぶ。中学近くのバスケットコート。そういえば昼間あそこで不審者を見たのだった。思い出して言えば、緑間は怪訝そうに眉を寄せた。

 「どうした?」
 「まったく、あんなところにまで不審者とは物騒な世の中になったものだな」
 「まあ……、なにをされたわけでもないが。ただバスケをしようと纏わりつかれたよ」
 「それ単にバスケしたかっただけじゃないのー」
 「この暑いのに長袖長ズボン、帽子にサングラスにマスクをしていたけれどね」

 紫原は一瞬黙った後に、女子お得意の日焼け対策でしょと答えた。まあ、まったくありえない仮説ということもないだろう。それにオレの名前を知っていて同級生だと主張されたんだといえば、二人は顔を見合わせて肩を竦めた。

 「ある意味有名人だったから、名前を知っていただけでは同級生と確認はできないよねえ」
 「赤司はとくにそうだな」

 だがこの付近で不審者が出るというような情報は聞いていないし、彼女もいつまでもいるとは思えないのであまり気にしないこととする。

 そのため今度あの場所で全員揃ってバスケをやろうと約束をして店を出た。もうだいぶ遅い時間だったが、車を呼ぶのも面倒なので歩いて帰ることにする。そうすればどうしても昼間のバスケットコートのよこを通らなければならないのだが、もうこの時間だ。さすがにもういないだろうとフェンスを横切り、そしてすぐ横でフェンスにしがみ付いてこちらを見ていた女の姿を見とめて思わず目を見開いた。昼間のサングラスは外されていて、薄暗い中でも黒い目がこちらを向いたのが分かる。

 「……オレは、通報すべきかな」
 「えっやだ友達を通報しないでよ」
 「だからオレはキミなんて知らないと言って……。昼からずっとここにいたのか」

 やはり通報すべきだろうか。あまりにも怪しすぎるし、なにか事を起こされたあとでは面倒だと携帯にそっと触れる。だが女はバスケットボールを腕の中でいじくりながらしゃがみ込んだ。

 「だって、今日まだバスケできてないから」
 「もう遅いよ、帰りな。こんな暗い中バスケなんてできるものか」
 「それはあれだよ、夜目を利かせて梟のようにサッと!」

 なにを、ふつうに会話をしているんだろうと気が付いて黙り込む。だが向こうはこちらに何かしてくるつもりはないのか(そもそもフェンス越しに即座に何かできるとは思えない)、下手くそなドリブルを披露している。

 「なんともいえない、独特なドリブルだね」
 「下手って言いたいならはっきり言いなよ」

 どことなく、懐かしいリズムだった。いつかもこうして誰かと会話をした気がするのだが、あれは誰だっただろうか。だがどれだけ記憶をさかのぼっても該当する相手は思い出せなかった。それに、こうしていても仕方がないとコートの中の時計を見上げる。もう11時を過ぎていた。

 「帰りな」
 「あんざいせんせえばすけがしたいです」
 「今日はもう帰って明日またすれば良い。どちらにせよ、女性がこんな夜遅い時間にこんな場所にいるべきじゃない」
 「うーん、じゃあ明日バスケしてくれる?」
 「だからどうしてオレに言うんだ」
 「赤司君とバスケがしたいから! 一回だけ、一回だけで良いんだよ。そしたらなんか気が済む気がする」
 「気がするだけじゃないのか」

 ためいきをつく。

 自分でも、どうにかしていると思った。見ず知らずの怪しい女だというのに、何故か懐かしくて仕方がないなんて。新手の詐欺かもしれない。分かっている。だけど自然と口から「明日の、9時から10時ならあけられる」と飛び出して行った言葉に自分でも目が丸くなるのを感じた。同じように、相手の目も丸くなって、それから両手を勢いよくあげて万歳ポーズをとる。一緒になって飛んでいく、バスケットボール。

 「やった!! さっすが赤司君、ありがとう!!」
 「おかしな真似をしたらすぐに通報するからな」
 「なに赤司君、通報が今マイブームなの?」
 「キミがあまりにも怪しいからだよ」
 「あ、やっぱり? この格好怪しい? でもこのかっこじゃないとさあ……」

 何を言うのかと待っていたにも関わらず、彼女はそこで言葉をとぎると笑った。マスクで分からなかったけど、目がぎゅっと細まって、そんな雰囲気を感じたから、たぶん笑ったんだと思う。


 「だけどお願い聞いてくれるなんて、やっぱ赤司君は優しいねえ」


 懐かしそうに、愛しそうに言うお前は、本当に誰なんだ。(こちらまで懐かしい気持ちになってくるのは、どうして)

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