「HEYこんにちはそこのつまらなそうな顔したおにーさんちょっとバスケで一勝負していかない?」
真夏の午後、いつか黄瀬が殺人光線と名付けていた日差しの下で日焼けが嫌なのか知らないが長袖長ズボン、さらにサングラスにマスクに帽子という完全不審者スタイルの女がフェンスの向こうから声をかけてくる。フェンスの向こうにはバスケットコート。中学の時はここでよくストリートバスケをしたっけ、と思い出しながら、そのまま道を急いだ。そうすれば女は慌てたような声をだして追いかけてくる。
「えっちょっと待ってよおにーさ〜ん! バスケ! バスケ! バースケ!!」
しかも呪文のような叫び声つきだ。(騒がしい事この上ない)
なんなんだ。新手の不審者スタイルなのか。それとも頭がおかしいのか。どちらにせよ相手にしないのが正解だと無視をした。めげずにやつは、ついてくる。
「わかった、負けるのが怖いんだ〜やーいやーい弱虫〜」
だれが弱虫だ。
「負けて泣いたら頭なでなでしてあげまちゅよ〜」
確実に喧嘩を売ってきているが、やはり無視が最善だ。応えれば同レベルになってしまう。
まだ仕事も残っていることだし、早く家に帰って仕上げてしまいたい。そうすれば夜には久方ぶりに会う約束をしている紫原や緑間との待ち合わせにも間に合うはずだ。
「Yes, we can! Yes, we do!」
古いし何もイエスじゃない。そのまま足早にコートを離れて信号を渡ってしまおうと足を一歩進めたところで背後からさらに声が響いた。
「待ってってば、赤司君!!」
その声に足を止めて振り返った。そうすれば相変わらずフェンスの向こうには怪しげな格好をした女が嬉しそうに両手をあげた。どこからどう見ても怪しさまんてんだが、何故、オレの名前を知っているのか。知り合いかと思ったが、真夏にこんな服装をする奇抜な女など知らない。とはいえ、自分の家が特殊だということも分かっている。何が目的か知らないが、どこかからか調べてやってきた人間だろうと判断したところでやつは泣き出しそうな声をあげた。
「中学校一緒だったんですよー!!」
「……知らないね」
「うわっ忘れられてる! ひどい!!」
しくしくと泣き真似をする女に、仕方なしに名前を尋ねてやる。だが、あいつはそれにこたえる気なんてなかった。
「秘密! 赤司君、自分で思い出して」
「オレは、キミなんて知らない」
「じゃあそれまでミス・やまとなでしこって呼んでくれていいよ」
どの辺が大和撫子なんだ。ため息も呆れすらも通り越してひたすら無表情になる。日差しが、暑い。早く帰りたいというのに、不審者はバスケットボールを頭上にかかげて「1 on 1、五本先取!!」とやる気満々だ。だが赤の他人(いくら相手が知り合いであることを主張してこようともオレにはその覚えは一切ない)、願いを叶えてやる義理はないし、見るからに怪しい人間だ、近づけば何をされるか分からない。ほうって踵を返せば、背後から「ええええー!! 帰るの!?」と非常にやかましい声が響いては来たが、それもやがては聞こえなくなった。
どうやら追いかけては、こなかったらしい。
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