※警備員晴矢と幽霊風介


真っ暗闇に包まれた長い廊下を、自分の持っている懐中電灯ひとつの明かりを頼りに歩いていく。廊下には何もなくて、ただ廊下が続いていくだけである。
等間隔で結構な距離で離れてある幾つもある無数の扉の一つを開けて、晴矢は中に入った。
長い長い夏休みに、楽でそこそこバイト代があるバイトとして、この図書館の夜間警備員として晴矢はバイトを始めた。
バイト内容は単純で、それらしい紺色の警備服に身を包んで、安っぽい懐中電灯ひとつを手にしてから、図書館を徘徊するだけだ。
夜だからか、クーラーがついていなくとも過度に暑くはなかった。
その部屋も、真っ暗な他の図書室と同じようにだだっ広い空間に、細長い棚が平行に列べられ本で埋め尽くされている。
『異状なしっと』と小さく呟いて、晴矢は扉を閉めようとした。

『次はどれが良いだろうかな…』

しかし、ドアノブに手を置いた時に、小さいが確かに声が聞こえた。
本を選ぶ声。
もう完全に、図書館は閉館時間を過ぎていた。居るとすれば、泥棒だ。
あまり学が無く勉強も嫌いな晴矢には、本なんてものを盗む輩の気持ちなんてちっとも理解出来ないが、世界は広いのだからそんな輩も居るのだ。
とりあえず、仕事だ。自分の担当している場所で盗難なんてあったら、この楽なバイトも首になってしまう。

『おい、とっくに閉館時間は過ぎてるぞ。さっさと出ろ』

中には入らずに、その場で声をかけるものの反応は無かった。
チッと舌打ちをして、暗い図書館の中に晴矢は入る。
どこにいるのかわからないから、とりあえずは棚にそって、あちらこちらを懐中電灯で照らして回る。
どこにも相手は見付からずに、段々とイライラしてくる。さっさと仕事をして帰りたいのに、手間取るやつがいる。
結局、見付からずに部屋に1番奥まで晴矢は来てしまった。そこは古くて、読むことが出来ないような黄ばんでボロボロの小説が置いてある場所だった。
部屋の一角に、黒ではない何かが見えた。暗闇でわからないが暫く見つめていたら、それは人だとわかる。

『おい、そこのお前。さっきの声は聞こえなかったのか?閉館時間はとっくに過ぎてるだ、さっさと出ろ』
『君は、誰だ?』

声を再びかければ、その人物は驚いたように、晴矢を見つめては質問する。
その人物は、嫌に色白だった。肌も髪も瞳も、白か白に近い色をしていた。そして、綺麗だった。
読んでいた黄ばんだ小説を丁寧に閉じると机の上に優しく置いた。
『俺のことはどうでもいいから、さっさと出ろ』と、少し荒っぽい声で言えば『…分かった』とだけ彼は返事をして椅子から立ち上がった。
机に置いてあった名前も聞いたことのない古い小説を彼は大切そうに棚に直した。

『お前、何処から入り込んだんだよ?』
『さぁ、何処だろうな。当ててみなよ』
『ふざけてないで教えろよ、そして夜には入ってくるなよ』
『出来るだけそうするよ』

部屋を出てから、図書館の出口まで二人は歩いて行った。
短い間だったけれど、久しぶりの会話が風介は楽しかった。風介は幽霊だ。ずっと昔の幽霊で、この図書館に住み着いている。会話もすることが出来ないから、ただこの図書館の本をひたすらに読んでいたが、晴矢のように自分を見える人にあうのは初めてだった。
真っ暗な廊下には、相変わらず晴矢の持っている懐中電灯の光しかなかった。
腕時計を見れば、もうすぐで11時だ。本来なら、10時30分でバイトは終わるはずなのに、彼を探すので時間を食ってしまったみたいだった。
出口につくと晴矢は『もう夜にはくるなよ、えっと…』と言って、彼の名前を知らないことに気付いた。出会って30分も経ってないのに、名前を知っている方が不思議だが、今は名前を呼べないのが不自由だ。
名前を呼ぼうとして口ごもった晴矢に気付いた風介はクスッと笑って答える。

『風介だ。君の名前を教えてくれないか?』
『晴矢』
『そうか、晴矢か。またな、晴矢』

さりげなく彼の名前が聞けたことに風介は満足する。心の中で『晴矢』と何回も繰り返した。いつの間にか、風介の心は晴矢で埋め尽くされそうだ。今まで読んできたどんな小説よりも、彼とした短い会話の方が楽しかった。
『だから、もう夜には来るなって…』と晴矢はぼやいたが、風介には聞こえてはいないし、言っても無駄なような気がした。
またクスッと笑ってから風介は街灯で照らされている街の中に消えていった。
小さい欠伸をして晴矢は図書館に戻ろうと、再び図書館に入ろうとしたが不意に後ろを振り返ったが、既に風介の姿は見えなかった。




それから、何回も風介は夜の図書館に現れた。
いつも違う場所にいて、晴矢は探すことを繰り返ししなければならなかった。それは、鬼ごっこと隠れん坊を同時にしてるみたいに思えて、クスッと風介はまた笑った。
そしたら、懐中電灯に体が照らされた。眩しいと思いながらも懐中電灯の光の先を見れば、不機嫌そうだが楽しそうな晴矢の姿。
もしかしたら、彼も子供の頃の遊びと今を重ねているのかもしれない。

『風介、見付けたぞ。何回言えば分かるんだ』
『夜の図書館には入ってくるな、だろ?』

耳に蛸が出来る程に聞かされた台詞を晴矢がいう前に言う。
『わかっているなら、入ってくるな』と文句をいう彼の口調は、とても柔らかい。
夜の図書館はすっかりと寒くなっていた。もうすぐ季節が代わる、秋になる。バイトは短期バイトだから、もうすぐ終わってしまう。
そしたら、風介には会えない。何だか、妙に淋しい気がした。
いつものように廊下を二人並んで歩く。晴矢との談笑は飽きることが無くて、凄く楽しい物だった。

『もうすぐバイトが終わるんだ』
『そうなのか…』
『俺以外の奴に見付かって、警察沙汰になるなよ』

そう言って笑っているが、晴矢の笑顔はいつもと違って不自然だった。
この会話も出来なくなる、また一人の生活に戻ってしまう、孤独で本を読むだけの生活。
嫌だけど、風介には晴矢を引き止めたり、また別の場所で会いたいなんて言うことは出来ない。自分には身体が肉体がないから。
『そんなへまはしないよ』とだけで、何も彼に対しての言葉は言わなかった。
廊下は終わりに近かった。出口の大きな扉が見えた。

『意外に、君との会話は楽しかったよ』

それだけ、言うのは赦されるだろう。
感謝と、謝罪と、本の僅かな『また会いたい』という言葉を彼に言わせようとする下心を込めた。
『俺も楽しかったよ』残念ながら、彼は会いたいとは言ってくれなかった。
それに安心したが、やはり辛かった。


季節が代わると彼は図書館に来なくなった。
元々、失礼ながら真面目そうな見た目ではなかったから、昼間の図書館にも来ることはなかった。
とある夏の回想。
きみのことは嫌いじゃなかった。
きっと君はこの夏を忘れてしまうんだろうけど。





昔のやつ発掘パート2

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