恋人はキスが上手い。狩屋自身、そこまで付き合うという経験が豊富ではないから上手いか下手かという判断は曖昧だけれど、妙にこなれている感覚はある。女の子とは付き合ったこともあるんだろうし、もしかしたら男と付き合った経験は他にもいたのかとも想えて、あまり良い心地はしない。過去のことを気にするのも何だか癪に障るし、あんまり一般的に触れては駄目なような話。

「もしも、オレが浮気をしていたらどうします?別れようって言ったら?」

浮気なんてしていないけれど、なんとなく気になって一つ年上の恋人に質問してみた。過去のことを聞くのは憚られても、仮定のことを話すのは多分許される範囲。霧野は床に座り込んで爪を切っていた。あんまり見る機会は少ないけれど、爪の先まで綺麗だと思った。
見た目に反して男らしい彼だったら、潔く別れるとか殴るとか言ってくるかと想っていた狩屋の考えた。そうだな、と言ってから霧野は暫く黙ってからあっさりと言う。

「好きにしたら良いんじゃないのか」

爪切りによって皮膚から爪が切り落とされた。ぱちん、と跳ねたような音が聞こえた。彼の遺伝子が入った細胞が切り落とされた。
色んな意味でざっくりとした性格だから、今更そんなことを言われようがあまり狩屋にとっては驚くようなことではない。予想がちょっと外れただけという認識。お互いに言いたい放題でデリカシーなんてあったものでは無いし、先ず男同士にデリカシーがするのかが怪しいものだ。付き合っていることを知らない共通の友人達には、仲が悪いのによく一緒にいることを不思議がられている。つまりは、それくらいにお互いに気を遣わないでいる、ということ。

「良いんですか、俺が浮気をしても?」
「だから、好きにしたら良いって言っただろ」

ぱちん。また爪が切り落とされた。今度は中指の爪だった。
独占欲が無いわけではないだろうけれど、顔に出さずに同じことをいう霧野を狩屋はつまらないとぼやいた。読みかけのサッカー雑誌をベットの上から投げつける。ばさっと、紙と紙が擦れる音がしてそれから霧野にぶつかった。
そこでようやく霧野は顔を上げた。「何だ」と理解しがたい物をみるように狩屋を観察した。

「ちょっとくらいまともなコミュニケーションしてくださいよ」
「構って欲しかったらそう言えば良いのに」
「そういうことじゃないんです」

甘えるとか構って欲しいとかそんなことが苦手なことをしっているくせに、態とそれをやらせようとしたりするからタチが悪い。
構うのも構われるのも面倒になって、狩屋は全てを投げ出してベッドに横になった。近くで、またぱちんっと跳ねる音がした。









かなりスランプ



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