映画の後の話





ベッド際の窓がコッコッと小さく叩かれる。
読んでいた本を机に伏せて、椅子から腰を浮かせた。他の部屋よりも幾分広い特別な部屋で、バダップの居る部屋は3階。
普通は窓が叩かれるなんてことは異常な事だが、今では日常の一部になりそうだ。
シャっと黒いカーテンを横に引っ張ると、透明なガラスの向こうにカノンの姿が見える。
2階の雨戸に器用に攀じ登って腰掛けていた。警備の厳しいこの学園に、どうやって侵入しているのかが不思議だ。何処かに裏道でもあるのかも知れないが、その場合は何故知ってるのかが疑問となってしまう。
どのように侵入しているのかの方法はさておき、カノンは幾度もバダップの私室に来ている。
窓から明るい光が漏れた事で、カーテンが開いたことが分かり、カノンは立ち上がってバダップに笑いかけた。

『窓、開けてよ?』

硝子越しのくぐもった声の言われるままに、バダップは鍵に指を置いて開ける。
窓の硝子部分に手を付けて、カノンは窓を開ける。汚れひとつ無かった窓には、指紋と手形がうっすらと形作られた。
開いた窓から先ずは脚を忍び入れて、窓の桟部分に腰掛けるとカノンは履いていた赤いサッカーシューズを脱いだ。そして、2階の雨戸に落ちないように立て掛けた。
そうやってから、ようやく身体をバダップの部屋に入り込ませる。

『今日は何の用だ?』
『用事が無いと来たら駄目なの?』
『用事が有ったとしても、此処には来たら駄目だ』
『頭が固いな、バダップは』

苦笑しながらカノンは言う。
来て欲しくないならば、鍵を開けなければ良い、窓を開けなければ良い、警備に突き出せば良い、セキュリティを一時解除にしなければ良い話だったが、何故だかそれは出来なかった。
『残念ながら今日は用事が有るんだ』と言うと『また過去に行けるんだけど、バダップも一緒に行かない?』と言葉を繋げながらカノンはバダップの手を取った。
骨張った掌から、少し高い体温と速い脈拍が伝わった。少し動揺しているのかもしれないと考えると、動揺するのは嬉しいと解釈出来る可能性もあると思え嬉しかった。
しかし、バダップの表情は相変わらずの無表情だった。

『過去…』
『過去だよ。一緒に行こうよ!?』

興奮して声が高まるカノンに、捕まれていない左手でバダップは口を塞いだ。『騒ぐな、見つかる』と義務的に伝えれば『ごめん』と申し訳なさそうにカノンは謝った。
警備員の足音が聞こえないのを確認して、カノンの口から手を離す。

『残念だが、もう過去には行かない』

バダップの掌から伝わる熱も脈拍も、正常に戻ってしまっていた。けれど、それは無理矢理気持ちを押し込めて正常にしたみたいに思える。
ぎゅっとバダップの掌を握り直して『何で?』と聞いた。答えをごまかされないように、目をしっかりと見たら、バダップは視線をカノンから反らした。
カノンの瞳は良い意味でも悪い意味でも、バダップは苦手だった。ありきたりな例えの言い方になってしまうが、円堂守に似ていて、何でも見透かされそうな瞳。本当にそんな瞳が有るとは、カノンに会うまでは思えなかった。
瞳を見なくとも、ジッと見られている感覚がする。これは本当の事を言わないと納得して手を離してくれないと分かる。振りほどこうとすれば簡単に振りほどけるが、それも何故か出来ない。

『過去を変えたく無い』
『そんな簡単に過去は変わらないよ。それは君が1番知ってるだろ?』
『万が一未来が変わる可能性も有る』

極端な例え話をすれば、過去に行った場合に、カノンが女性と会話をした。その女性は話をしたせいで乗るはずだった電車に遅れた。そこで結婚するはずではない男性と出会い結婚する。その二人の間に生まれた子供が総理大臣になって日本を軍隊国会にする可能性だってゼロに可成近いし有り得ないだろうが、必ずしも有り得ないとも言いきれないのも事実。
そしたら、この学園は存在しない可能性もあり、自分や目の前の少年が生まれない可能性もある、生まれた場合でも出会えない可能性もある。

『お前に会えない未来なんて作りたくない』

本音がぽろりと滑り落ちる。
考え過ぎだと自覚している。もしも、エスカバがこの場に居たら、馬鹿な例え話に茶々を入れて反論してくるはずた。
意識してみれば、この学園の仲間もいつの間にか大切な存在になりつつある。円堂守に会ってから『仲間』だと思えた仲間なのに、その仲間とも会えなくなる場合もある。
軽く伏せられた瞼の下の瞳が、淡く揺れるのを見たカノンは『バダップは、馬鹿だね』と言って、手を握っていた離した。
温もりが段々と薄くなる。

『バダップ達が未来を変えようとしなければ、俺達は出会えなかった。君も大切な物に気付けなかった。何があるかわからないよ』

単純な答えだがそれは明確で、不安を無くすには十分な物。
『…電車という物に乗って桜が見たいな』とバダップが言えば『きっと今は見頃だよ』 と昔見た雑誌の情報を思い出して答える。










支部に上げてたのをもう一度アップしました

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