9.アスタリスクループ


「どういうことだ…?」

時計の針は1時を回っていた。画面に映る真っ赤な色をしたサイトを見ながら、俺は早鐘を打つ胸を必死で抑え付けていた。
以前、杏が見せてくれたアスタリスクループのサイトはこんな色でレイアウトされたものではなかった。真っ黒で何の飾り気もないサイト…それが、今は暗い部屋の中で真っ赤に照らし出されている。
気味が悪い。それは、夕焼けを連想させる赤、雨に滲む血を連想させる赤。俺が何よりも嫌いなその色の画面には、ある黒い文字がぼんやりと浮かんでいた。

『ようこそ、アスタリスクへ』

『あなたは44444444人目のお客様』

そういえば、と杏が話していたことを思い出す。
アスタリスクループを正しく開くには、カウンターがゾロ目の時にアクセスしなければいけないらしい。杏はそれに失敗したため上手くアクセス出来なかったと言っていた。

「俺は、成功したのか…?」
「そうだよ、だって君は選ばれたのだから」

不意に部屋に響いた、自分のものとは違う聞き慣れぬ声。ふわりとデスクに落ちてきた灰色の羽を見て、心臓がひとつ大きく音を鳴らしたのは言うまでもない。
息を呑んで、ゆっくりと振り返る。
一番最初に視界に入ったのは、大きな灰色の片翼。そして、それを持つ赤い瞳の少年だった。

「堕、天使…」
「やだなあ、そんな臭い名前で呼ばないでよ。僕はシルヴァーノ。イタリア人みたいなこの名前も外見も、こんな邪魔な翼も、全部御主人の趣味なんだ。片方しかない翼じゃ空も飛べないし、ファンタジーでも夢見てたのかな?馬鹿馬鹿しい。考えるにしてもさあ、もう少し馴染みある感じにして欲しかったよ。ねえ?」

空いた口が塞がらない俺とは正反対に饒舌に話を続ける目の前の少年は、翼を除けば何処からどう見ても普通の人間だ。
だとしたらこれは何だ。誰かの悪戯なのか。こいつはどうやってこの部屋に入ってきたのか、ただの不審者の可能性だってあり得る。
目の前の現実を受け入れられずぐるぐると思考を巡らす俺の様子を見て、シルヴァーノと名乗った少年はやれやれと腕を上げ溜息を吐いた。

「悪いけど残念ながらこれは夢じゃないし、僕は不審者じゃないよ。窓も割れてないし、扉もちゃんと閉まってる。僕はこの場所に呼び出されただけの、ただの監視者さ。君がアスタリスクの加護の下、願いを叶えられるかどうか見届ける役目を負っている」
「お、おい待ってくれ。さっきから何を言ってるのか…」
「わからないの?そんなわけないでしょ。だって君、事前にアスタリスクループについて色々調べていたんでしょう?だったらわかるはずだ」

受け入れなよ。
ずいっと目の前に迫ってきた血の色の瞳はそう俺に言った。

「叶えたい願いが、あるんだろう?ここまできて逡巡はよくない」
「お、俺は…」

力なく零れた言葉が、浮かんではすぐに消える。
まるで神に懺悔を乞う様に、震える声で俺は呟いた。

「俺は…今を…現状を、変えたい。すれ違ったまま、理解を求めることができないまま、独りのままの未来を迎えたくない…っ」

きっかけは思いもしないものだった。それは単なる事故で、仕方のないことだったのだ。
周りの大人はそう言う。けれど、そんな簡単に割り切れるものではない。楓の取り繕う顔を見るたび、梓の悩む顔を見るたび、胸の奥に溜まった黒い煙は音を立てて溢れ出す。
もう無理なんだ。誰が努力しても、何を言われても、一度経験したことは傷になって痕を残す。もう三人でボールを蹴ることなんて出来ないのだろう。

「息苦しくて、どうしようもないんだ…」

俺達の病は治らない。傷も治らない。ただ毎日、そう思っていた。
もし今が変えられるなら、また笑顔を取り戻せるなら、どうしようもない過去を、変えることが出来るなら。

「叶えてくれよ、シルヴァーノ…!!」

絞り出した最後の叫びを聞いて、シルヴァーノはにやりと口角を上げて答えた。

「全ては君次第だ」





時計の針が音を鳴らす。
飛び降りたような浮遊感に襲われ目を覚ました俺は、気がつけばベッドに横になっていた。
日差しが差し込む。電源が入ったままのパソコンの画面は、今日の日付と、午前6時という時間を示していた。




*一日目開始。






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