八年兎とお月様

ようやく今日こなすべき仕事を終え一息ついた時には、もう辺りは真っ暗になっていた。
思えば、九月に入ってから随分と日が短くなった様な気がする。まあ、ほぼ毎日室内に篭っている自分には全く無縁の話ではあるが。

「で、これは何ですか?」
「お月見団子」
「どうして団子片手にこんな場所にいるんですか」
「ギアステーションの真上なら、月がよく見えるかと思って」
「…」

白い団子を頬張りながら、隣の相棒は笑う。
一眠りしようとソファに転がった矢先、嵐の様に部屋へ飛び込んできた彼に連れられ、今僕はこの場所にいるのだ。全くとんだ睡眠妨害である。
ちなみにギアステーションの真上とは文字通り建物の外、つまりは屋根の上である。
こんな場所、普通は登ることが許される場所ではない。それをこの相方、後で叱られることを承知の上で僕を共犯者として巻き込んだらしい。
笑顔でドス黒いオーラを放つ上司の顔が嫌でも目に浮かび背筋が凍る。
隣で幸せそうに団子を堪能している夢見心地野郎を蹴り飛ばしてやりたいくらいには、どうにも気が落ち着かなかった。

「ねえロアン、今日は十五夜なんだよ」
「…ああ、聞いたことあります。東洋の国では秋に月を眺めながら団子を食べる慣習があると」
「僕も今日お客さんから聞いて初めて知ったんだけどね。今夜は満月なんだってさ。ほら見て」

メメロアの指差す先には、丸く照らし出された月が暗闇にぽっかりと浮かんでいた。
今更ながら気づいたが、日が落ちるのが早くなった割に今日はいつもより外が明るい。
それは夏独特の薄暗さとはまた違う色合いで辺りを照らしていた。
こんな大都会の真ん中、星一つまともに見えないのに、月だけは何処までもこの土地を明るく見下ろしている。随分と不思議な光景だ。

「次に満月が見えるのは八年後なんだって。だから今日は特別なお月見なの」
「それはまた、随分先の話ですね。八年後なんて僕らはもうすっかり大人じゃないですか」
「八年後ねえ…ロアンは今よりもう少しプライベートに気が遣える様になってればいいのにな。彼女さんを執務室の前で待たせたりしてなければいいけど」
「メメロアは声変わりしてすっかりおっさん声になっているかもしれませんね」
「やめてよ!結構笑えない話だからね!」

見た目も声も、何も知らない他人からすれば彼はどう見ても女だ。世間ではこういう男子のことを「男の娘」と言うのだと、先日遊びに来た彼女が言っていたのを思い出した。
愛らしいルックスを売りにしている彼だが、八年後はどうなっているのだろう。全く想像がつかないが、男らしくなっていたらそれはそれで案外面白いかもしれない。

「こら笑うな」
「すいません、つい…」
「でもさ、八年後もこうやって一緒に仕事出来たらいいよね。この先もちゃんと僕の相方でいてよね、ロアン」
「メメロアが真面目に働いてくれるのであれば考えてあげますよ」
「ひどいなあ、僕はいつだって真面目だよ」
「それなら今日の仕事をさっさと終わらせてください。どうせそっちのけで僕の元に来たんでしょう?」
「うっ…ばれてた?」
「当たり前です、このお馬鹿」

まあでも、とメメロアの持ってきた白い団子を一口頬張る。
ここ最近、こうやってのんびりと外を眺める機会も無かったのだ。たまには骨休めもいいかもしれない。
明日のことは、まあ起きてから考えよう。未来のことなんて、今はまだ知る由もないのだから。

「今日だけは、この団子に免じて許してあげます」
「それでこそ我が相棒!」

来年も、そのまた先も、今の様な毎日が続く様に。
見上げる月に僕らの行く末を祈りながら、カチリと日付が変わる音を目を閉じて見送った。





八年兎とお月様
(また八年後、この場所で)


×××××××××××××

サブウェイ組のロアン(エーフィ♂)とメメロア(プクリン♂)の、お月見とはかなり無関係そうな二人の話。


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