花葬(イナクロ:蘭ジャン)


此処は何処だろう。
目を覚ましたら、気がついたら、という感覚で訪れたわけではない。まるでずっとこの場所を探していたような、懐かしさを思い起こすような気持ちの中で俺は意識を取り戻した。
瞬き一つ。目の前に広がるのは、真っ青な空と一面の緑。赤や白の花が咲き誇るその光景は、何処かの城にありそうな庭園よりもずっと広大で、けれど野原と呼ぶにはあまりにも果てが見えない不思議な景色だった。
不意に、足元に咲いていた黄色い小さな花に目をとめる。周りの花に埋れ、けれど凛と咲き誇るその姿に、俺は無意識にあの子の面影を重ねていた。

「ジャンヌ…」

中世フランスにタイムジャンプしてから、もう随分と日が経つ。あの後も順調にオーラを集め、俺や神童以外の仲間達も少しずつ新たな力を手に入れていた。
俺自身、ジャンヌの力に今まで何度も窮地を救われてきた。その度に思う。彼女は本当に強い心を持った人物で、それは歴史をも大きく動かせるほどのものであったのだと。

「…けど…」

現代に帰って来てから、俺はジャンヌ・ダルクの資料を片っ端から漁った。不安が募る中、それでもどうしても彼女の最期を知りたかったからだ。
図書室の奥で一人、あるページに差し掛かり、俺は全身から血の気が引くような感覚に襲われた。
知ってしまった。彼女の最期を。あまりにも悲惨な少女の末路を。
知ってはいけなかった。こんなこと、調べるんじゃなかった。嘘だ嘘だと、やけになって図書室にある本に全て目を通した。
…どれを読んでも全て同じことが書いてあった。戦争で矢が肩に刺さって泣き叫んでいたこと。危険な状況でも自ら先陣を切って立ち向かったこと。魔女として裁判にかけられたこと。火を点けられ、炎と煙の中で窒息死したこと。彼女の灰は、川に流されてしまったこと。
読み終えて、俺は彼女に会ったことが全て夢だったように感じた。笑顔の素敵だった少女。俺に変わる勇気を与えてくれた人物。
もし、あの時全てを知っていたら、俺は彼女を止めることが出来たのだろうか。

「…あれ、は…」

ふと、視線の先にまた黄色の花を見つけた。
…いや、あれは花なんかじゃない。あれは…。

「ジャンヌ!?」

植物の中に埋れた人影は、紛れもないジャンヌその人だった。けれど駆けつけた俺は、彼女を見るなり言葉を失った。
ジャンヌは身体の半分が焼けただれた状態で、その跡を隠すように身体中にぐるぐるとたくさんの蔓が巻きついていた。黒い炭を被った髪の上には真っ白な薔薇の花が咲いている。
俺が知っている彼女は、こんな姿じゃない。なんで。どうして。疑問符だけが脳内を這い回り、息が詰まりそうだった。

「ジャン、ヌ…」

抱き起こそうとボロボロの身体を引きずりあげると、ぶちぶちと何かが切れる気味の悪い音がしたのですぐさま手を離した。
薔薇の棘が刺さり、赤い液体が腕を伝う。痛みは感じなかった。自分の手が震えていることだけが、はっきりと理解できた。
ジャンヌは全く動かない。いや、息をしていないのだ。人形の様に瞼を閉じているその表情は、しかし何故かとても穏やかだった。

「どうして、笑ってるんだ…ジャンヌ…」

ぽたり、ぽたりと何かが落ちる。それは彼女の頬に落ちては、すぐに流れて消えていった。

「君は、どうして恨もうと思わなかったんだ…逃げようとしなかったんだ…本当は、怖くて仕方なかったはずなのに…」

彼女が信じていた神は、結局彼女を裏切り、苛烈な終わりを与えた。何が神だ。何が罰だ。そんなもの最初から何処にも存在しなかったんだ。
どうして彼女がこんなことにならなきゃいけなかったんだ。祖国を愛し、取り戻したいと願っただけなのに。大人にもなることが出来ず、優しい眼差しを浴びることもなく、灰になって消えてしまった。
そんな歴史を受け入れろというのか。仕方ないと理解しろというのか。
噛み締めた唇から血が滲む。口内にじわりと鉄の味が広がった。

「ランマル」

…声が聞こえた気がした。
目の前の彼女からではない。空からでもない。俺の中に反響するそれは、記憶を依り代に作り上げられた幻聴だったのかもしれない。
けれど、我に返った俺はジャンヌの左手に何かが握り締められていることに気づいた。

「…これ、は…」

それは、俺が別れ際にジャンヌから受け取った心配りのキャンディだった。
相手を知ることが何より大切だと、微笑んでいた彼女にもう笑顔は見られない。
またぽたりと、雨が滴り落ちていく。

「俺は…君に何一つしてあげられなかった…サッカーが元に戻っても、君を救うことは出来ないんだ…っ」

溢れては零れ、視界がぼんやりと歪む。
さわさわと風の音だけが世界を包み、二人きりの空間を静かに揺らしていた。

「ジャンヌ、神様は…いたんだろう?なあ、だったらどうして…君を助けてくれなかったんだ…!」

風の中に、俺の声だけが虚しく響いていた。
嘆いたって誰も聞いていない。誰もいない。広い世界にたった二人だけ、取り残されている。

それはまるで、アダムとイヴしかいない世界の始まりのようで、同時に全てが導かれて行く天国の様な場所での出来事だった。





花葬
(愛しきラ・ピュセルよ、君の未来を救えなかったことを許してください)





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霧野は戻ってきてからジャンヌの最期を知る、パラレルワールドのお話。



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