君影草に願いを込めて


「誕生日が欲しい?」

聞き返した俺の言葉に、目の前の白い少女はこくりと頷く。
真っ黒な俺とは正反対の色をした真っ白なこの妹は、こんな寒い中仕事から帰ってくるなりいきなりそんなことを言い出した。なんだというんだ。
視線を広げていた新聞に戻しながら、とりあえず俺は話を聞いてやることに。

「お前…生まれた日、知らないのか?」
「知らない…お父さんもお母さんも、教えてくれなかったの」

ああ、そうか。と一人で納得する。
俺達は元々隠し子だったのだ。俺やこいつの母親は、父親が正妻に隠れて組織に介入させる子供をつくるための道具にされた。勿論、そんな異端の子供の存在が知られることはあってはならなかった故に、俺達に父親の名前も生まれた日も伝えられることは無かった。
事実、俺も自分の誕生日など知らない。

「必要なものか?」
「え、そりゃあ…まあ…」

口に出すのを惜しむようにもごもごと口籠るセビーリャを見て、何故彼女が今になってこんなことを言い出したのかをなんとなくだが理解した。
自らの手を真っ赤に染めて父親を殺し精神崩壊に陥っていたセビーリャも、今では見違えるくらいに随分と明るくなった。
幼馴染、親友、仕事仲間、そして恋人。新しい人生の中でたくさんの暖かい繋がりが出来た今のセビーリャだからこそ、誕生日というものに価値を見出したくなったのだろう。
兄としては嬉しいような、少し寂しいような、複雑な心境ではあるけれども。

「…じゃあ、今日にしたらどうだ?」
「適当すぎるわ」
「それなら…お前の記念日を誕生日にすればいい」
「記念日は記念日だし…」
「我が儘」
「そ、そんなことないもの!」

お兄ちゃんも考えてよ!と新聞を取り上げられ怒鳴りつけられる。理不尽だ。
そうは言われても、彼女に相応しい日をどうして俺なんかがわかるだろうか。否、無理に決まっている。そもそも、俺にそんなことを決める権利は無い。荷が重すぎる。

「うーん…」
「うぅーん」

一緒になって首を傾げる兄と妹。ハタから見ればなんとも滑稽な絵図だろう。誰かこの途方も暮れるような問いに最良の答えをくれ。
なんて考えていると、それまで手を顎に添えていたセビーリャが、突然あっと声をあげた。

「どうした?」
「決めた!お兄ちゃんと初めて一緒にお買い物行った日にする!」
「いつだよ、それ」
「ええ、っと…ふ、冬?」
「…」
「そんな顔しないでよ!細かい日にちまで覚えてるわけないじゃない!」
「開き直るな。…けど、なんで買い物行った日なんだよ?」

二人で買い物に行くなんて珍しいことではない。むしろ初めて二人で出かけた日のことをよく覚えていたものだな、と別の意味で感心してしまう。
するとセビーリャは急にすくっと立ち上がり、急ぎ足でスタスタと部屋から出て行ってしまった。
…もしかして、怒らせてしまったのか。

「…せ、セビー?」
「お兄ちゃん!」

再び、セビーリャが部屋に戻ってきた。小脇に何かを抱えて。
どうやら怒って飛び出したわけではないらしい。それどころか、彼女はどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。

「見て、これ」
「…これは…」

セビーリャが持ってきた小さな木箱を開けると、中から銀色のヘアピンが出てきた。
派手な装飾は無く、先端に小さな花が飾られているもの。もう随分と使い古しているようで、ところどころ色が落ち、茶色くなっている。
そのピンを見て、俺は奥底からある一つの記憶を探り当てた。

「あ…そうだ、これ…俺がセビーに初めてあげたプレゼント…なんだっけこの花…」
「スズランだよ。駄々をこねた私に、お兄ちゃんが初めて買ってくれたもの」

セビーリャは愛おしそうにそのピンを優しく撫でた。
そうだ、確かその日はいつもより雪が降ってきて、そんな中俺とセビーリャは外へと出かけたんだ。まだ精神が少しだけ不安定だったセビーリャを背中におぶって町に出た帰り道、彼女はアクセサリーショップの前で不意に俺の髪を引っ張ってきた。
なんだなんだと言っても最初は全く答えなく、さすがに意思疎通に悩んだ俺はおとなしく帰ろうとした。が、その時彼女は小さな声でぽつりと言ったのだ。「お母さんが付けていたような髪留めが欲しい」と。
それは、セビーリャが初めて俺に言った「我儘」であった。
それまで何を訪ねてもただ俺の言う通りにしか頷かなかった妹が、初めて自分の意思で欲しい物がある、と言い出したのである。
あの時の俺の顔と言ったら、色んな感情がこみ上げてきて見るに耐えないほど滑稽だったに違いない。白く曇った眼鏡と長めのマフラーで悟られないよう顔を隠し、生まれて初めてアクセサリーショップに足を踏み入れ、俺は彼女にヘアピンを買い与えてやったのだ。

「ふふ、黒い空から降る雪は、まるで私達兄妹みたいだねって笑い合ってた。とっても素敵な思い出」

思えば、あの日からセビーリャはよく笑うようになった気がする。周りと積極的に交流をとるようになったのも、多分この時から。
それにね、とセビーリャは付け加える。

「雪が降ってる日だけはね…お母さんもお父さんも、何故か少しだけいつもより優しく感じた。気のせいかもしれないけどね…でも二人共、冬は嫌いじゃないよってよく言ってたんだ…」
「…そっか」

あのクソ親父が実際にセビーリャに愛情を注いでいたのか今となっては知る由も無いが、もしかしたら俺の知らない二人だけの優しい思い出があったのかもしれない。

「だからね、私は冬が好きなの。だから冬がいいな、誕生日」
「…我儘」
「もお!」
「でも、いいんじゃないか。お前は雪が降る中で生まれた。そしてこれからも、雪が降るたび誰かと年を重ねる」

幸せなことじゃないか。
俺の言葉を聞いて、セビーリャは一瞬目を丸くしたが、少しだけ照れ臭そうに笑った。ありがとう、なんてぽそりと呟く彼女の言葉を俺は再び新聞を広げ聞こえてないフリをする。
新聞の左上には、来週から雪だるまマークがぽつぽつと並んでいた。
…近いうちにメルトの店でケーキでも買ってきてやるか。
そう思いながら、俺は新聞をひらりと次の頁に開いた。



君影草に願いを込めて
(君に感謝と祝福を述べよう)



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たまにはほのぼのも。
BW2に出てくるセビーリャ(ペリッパー♀)と兄のファリャ(ドンカラス♂)のお話。


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