ワンダーエンドハロウィン


それは、月がとても丸くて綺麗な夜の世界の出来事。
目を覚ました俺がいたのは、イッシュ地方の東の方にあるストレンジャーハウスという建物だった。
今日は十月三十一日。この日はハロウィンという秋の伝統行事が催される日であるらしく、同時にゴーストタイプ達が一年で最も活動的になる日でもあるそうだ。
何故だかわからないが、俺はそのゴーストタイプ達が主催のお祭りに招待されたらしい。

「…それにしても…」

ちらり、と辺りに目をやる。
いかにも何か出そうな古めかしい建物。趣味の悪い陶器の置物に、茶色く濁った葉を持つ観葉植物。そんな中で次から次へと料理が運ばれ、お化け達は陽気に歌い踊っている。なんとも気味が悪い。
そもそもこんな場所でパーティーが開くとは…俺にはゴーストタイプ達の趣向はあまり理解できそうにない。

「ザクロちゃんっ」

溜息を吐いた俺へ背後からの声と突然の衝撃。思わず身体が跳ね上がる。背中にぴっとりとくっついた得体の知れない生き物の正体に気づいたのは、約三秒後。

「…キャンディ…」
「なぁに」
「離せ」
「やーっ!」
「や、じゃないだろ」
「いじわるー!」
「何でだよ」
「こら、駄目でしょキャンディ」

俺と小さな少女の攻防の間に入ったのは、彼女の姉のラウディだった。キャンディと同じ金色の、しかし垂れ下がった瞳は呆れたように俺達を映していた。
やれやれ、と困った様子でラウディはキャンディを無理矢理俺から引き剥がす。同時にいやー!と叫ぶキャンディの甲高い声が耳についた。

「お客さんに迷惑かけるなって言ったでじゃん」
「だって暇だったんだもん」
「きゃはははっ!全く、キャンディは仕方ない子だねぇ!」

二人とは更に違う声。この場の三人目の来訪者である。
地面にできた影に気づき空を仰ぐと、この三姉妹の長女がケラケラと笑いながらふわりと宙に浮かんでいた。

「ぶー!ペンディもいじわるだ!」
「やだなぁ、そんなことはないよぉ?悪いのはキャンディでしょぉ」

サイコキネシスで浮かび上げた髪が蝋燭の炎の様に揺らめく。
キャンドル三姉妹と呼ばれるこの三人組に半ば強引に連れられ、俺はストレンジャーハウスの中を散策していた。
とりあえず、どうして俺がこんな場所にいるのか説明してもらいたいのだが。
しかしながらこの姉妹、どうにも人の話を聞いてくれそうにない。

「おい、なんで俺をこんな場所に連れてきたんだよ」
「約束があったからさぁ」
「約束?それって…」
「まあ、可愛いお客さん」

ひやり、と冷たい手に目を塞がれる。思わず条件反射でそれを跳ね除けると、あらごめんなさい、というか細い声が頭上から聞こえてきた。

「こんな古ぼけた建物へようこそ、ボウヤ」

そうにこりと微笑んだ声の主は、黒いドレスに身を包んだ女性だった。地面につくほどの長い髪に、大きな紅い髪飾りを付けている。彼女の周りにはふわふわと、小さな炎が浮かんでいた。鬼火、というやつだろうか。

「やあドロシー、元気そうだねぇ」
「うふふ、まあね。それよりペンディ、約束守ってくれてありがとう」
「どういたしましてぇ。じゃあボク達はお菓子食べてくるから、後はよろしくねぇ」
「は…おい、ちょっと待てよ」

連れて来られた理由を一言も告げることなく、三姉妹はふらりと何処かへ消えてしまった。

「…」

しばらくの無言。がやがやと騒がしい音楽の中で、二人の空間だけがぽつんと浮き出ているようだった。
その沈黙に勝てなかったのは俺の方。

「…あの、」
「なに?」
「どうして俺、こんな場所に連れて来られたんだ…」
「ああ、それはね…私が貴方を呼んでもらったの」
「アンタが?もしかして、俺のこと知ってるのか?」
「ええ、少しだけ」

記憶喪失なのよね?とドロシーは残念そうに言った。その言葉に身体がピクリと反応する。
俺の記憶は一向に戻る気配が無い。あの夜の出来事以来、思い出せることと言えばほんの少しのことだけ。家族のこと、幼い頃の記憶、それから自分の名前。
しかし、肝心のここ数年のことはすっぽりと抜けてしまっているのである。どうして俺は傷だらけでヒオウギシティまで来たのか。どうしてアルアに敵意を持って襲いかかったのか。全く思い出せなかった。

「でもね…記憶もね、案外失くした方が良いことだってあるのよ」
「…え…」
「ザクロ、貴方は輪廻転生ってご存知かしら?」
「りんね…?ああ、生まれ変わるみたいなやつだろ?」
「そうよ。生き物の魂は死んだら夢に還る。けれど墓場に落ちてしまった魂だけは、自分の意思で現実に這い上がる力をまだ残しているの。その魂達を導く先導役のことを、夢の魔女っていうのよ」
「魔女…」

また随分と非現実じみた単語が出てきたものだ。
俺は、魔女なんて童話の世界だけの住人だと思っている。科学や常識が通用しない世界であることは確かであるが、魔法ように更に信憑性の薄い類のものは全くもって信じないタチなのだ。
しかしながら、ドロシーが嘘をついているようには見えない。根拠は無いがその瞳は何処か信用していい、そんな気がした。

「この世界には夢の魔女はもう二人しかいないけど…その片方はね、ある時人間の男に恋をしてしまったの」
「ニンゲンって…ポケモンじゃなくて?」
「そう。夢の世界は異世界とも繋がっている。そして、偶然そこで二人は出会ってしまったの」

瞬き一つして、ドロシーは話す。
その表情は何処か悲しそうだった。

「魔女は彼を愛した。けれど、人間とポケモンじゃ寿命が違いすぎる。ましてやゴーストタイプだった魔女は、気がつけば彼の死を目の当たりにしていたの。悲しくて、辛くてやり切れなくて…それから彼女は、彼の命日になると必ずお祈りをした。それが、今日なのよ」
「…十月、三十一日?」
「そう、とっても素敵な日よね。…でも、彼女はこの日に今もなお縛られ続けている。いっそ愛し合った記憶なんて失くしてしまえば楽になれるのに。そうは思わない?」

ふわり、と彼女の冷たい手がまた頬に触れる。今度は避けない。ドロシーの体温は低いというよりもまるでそのものが無いようで。俺とは違う、彼女もまた幽霊なんだなと実感させられる。

「…俺は、そうは思わないけど」

彼女の手の上に自分の手を添えて、そっと離す。冷たい手に体温をじわじわと奪われているような感覚に襲われるが、何故かそれが少しだけ心地よかった。

「それ…記憶に縛られてるんじゃなくて、今もそうやって誰かを愛せるってことだろ。それは幸せなことだと…俺は思う」

ドロシーは目を丸くしてこちらを見ていた。赤い瞳はまっすぐにこちらを見据えている。綺麗な瞳だ。言葉も、感情も何もかも呑み込んでしまいそうな赤。
怖くは無かった。

「俺は、自分の記憶を取り戻したい。例えそれが、辛い思い出だったとしても、な」
「…どうして?」
「…自分のことよりも、他人の記憶のために必死で走り回ってる奴らを見てるから」

脳裏に浮かんだ、この暗い空間には似つかわしい緑の髪の少年と、橙の髪の少女。
出会って間もない彼等に差し伸べられた手はあまりにも眩しくて。それでもその光の中に導いてくれる彼等に、不器用な俺はまだちゃんとお礼を言っていない。
帰らないと。彼等に言葉を伝えるために。

「…そっか」

そういう考えも素敵よね。と、ドロシーは微笑んだ。
そして、持っていたポシェットから何かを取り出したかと思うと、それを俺の右手に握らせる。
袋に入った小さなそれを見ようと広げようとした指は彼女に制止された。

「貴方はクッキーと飴玉、どっちが好きかしら?」
「え…さあ…」
「うふふ…夢はね、永く続く方が楽しいでしょ?その甘さに飽きないでずっと噛み締めることが出来れば、それはきっと幸せよ」

ドロシーの手がそっと離れた。
と、同時に突然の睡魔が俺を襲った。

「…!?」
「貴方に会えて良かった。お話してみたかったの。私が救われたかっただけ、かもしれないけれど、それでもね…」

彼女の声が遠くなる。
その場にがっくりと膝をつき、落ちかける瞼の向こうにいる黒を見失わないように必死に顔を上げた。

「ありがとう、ジギタリスのボウヤ」

また会いましょうね。

俺の意識は、そこで完全に途切れてしまった。





「…ザクロ、そろそろ起きて」

遠退いた意識はいきなり現実に呼び戻された。
ガバッと布団ごと起き上がると、ベッドの横にいた黄緑が小さく揺れる。垂れ目の少女が、ほんの少しの苛立ちを含んだ瞳でこちらを見ていた。

「いきなり起きるな」
「え…あ、あれ…エルマ…」
「まだ寝ぼけてんの?もう皆起きてるから早く着替えて下降りてきて。今日はお祭りなんだから」
「お祭り…?」
「ハロウィンだって。この間からずっと言ってたじゃん。今日は十月三十一日だよ?夜から下でパーティやるから、今から準備」
「ハロウィン…」

はっと、先程の出来事を思い出す。もしかしてあれは全部、夢だったのだろうか。

「…エルマ」
「なに?」
「…ハロウィンの、合言葉…なんだっけ」
「トリックオアトリート?」
「それ。…トリックオア、トリート」

エルマがぽかんと俺を見る。かと思うと、ぽこっと軽く頭を叩かれた。

「お菓子なら、アンタ持ってんじゃん」
「え…あっ」

エルマの視線の先にある右手をゆっくり開く。見ると、そこには小さな飴玉の入った袋が握られていた。

貴方に会えて良かった。

最後に見たドロシーの頬に流れていた一筋の何かを、俺は今になって思い出していた。あれは夢なんかじゃなくて、何処かで本当に開かれていたゴースト達のお祭りだったのだ。そして彼女は…。

「…甘い」

彼女から受け取った袋を開けて、橙色の飴玉を口に頬張ってみた。
当たり前でしょ、とエルマにツッコミを入れられる。

「…エルマ、飴とクッキー、どっちが好きだ?」
「また何いきなり…そうだなぁ、飴かもね」
「なんで」
「さあ、なんとなくね」

甘いからじゃないかな。
そう言うと、エルマは踵を返して部屋から去って行った。
一人残された部屋に、朝日が少しずつ差し込んでくる。コロコロと口内を転がる飴玉のおかげで、少しだけ目も冴えてきた。

「…どうか、幸せな夢を…」

誰に伝えるわけでもない俺の小さな言葉は、ポツリと無言の部屋の中に消えていった。



ワンダーエンドハロウィン
(それは、ある不思議な夜の夢)



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急いで書いたわりにハロウィン間に合ってないし、色々手抜き感否めない…。
BW2のザクロと、ドロシー(サマヨール♀)のお話でした。


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