ガーベラの蕾


イッシュ地方の人々は町によって生活スタイルが面白いほど個性が出る。ここソウリュウシティでもそれは同じ。
人々の目覚めは早く、そして眠りも早い。最も、この町は飛行タイプやドラゴンタイプが多く暮らしているからそうなのかもしれないが。

僕には三兄弟の真ん中に生まれてきたせいか、物心つく頃から随分と周りに振り回されてきた。
喧嘩ばかりする兄と、目を離すとすぐにいなくなる活発な妹。その真ん中に挟まれた僕は、二人とは似てもつかないほどおとなしい奴だとよく言われた。
ずっと兄妹のお守り役を散々してきたんだ。そうなって当たり前だろう。
まあ、それも昔の話。今では兄のドグマはソウリュウシティに佇むギルドの首領を務めている。相手を無意識に睨みつけてしまうような切れ上がった三白眼は何か変わったわけではないが、昔のように暴力をふるう様な喧嘩は一切しなくなった。
妹のグローリスは、自称トレジャーハンターとしてイッシュ中を駆け巡り太古の宝を探し回っている。故郷に帰ってくるのは二ヶ月に一度あるかないか程度かもしれない。
僕はと言えば、副リーダーとして首領であるドグマの手伝いをする毎日。
ギルドに押し寄せる書類の山は尋常じゃない。それを一つ一つ片付けて、町に赴き人々に話を聞き、そんなことをしていたらあっという間に日が落ちて一日が終わる。
はっきり言って面白味の欠片もない生活だ。勿論そんなこと、この生活を繰り返している僕自身が一番わかっていることで。
だがしかし、この毎日も無駄なものではないのだ。全ては近い未来兄の座を我が物にするための準備にすぎない。
ギルドの首領入れ替えは四年に一度行われる。例外もあるが、それは大半が住民による投票によって決められるのだ。
次の投票は三年後。今のうちに町の住民に親しまれるよう日々努力を心がけていれば必ずうまくいく。
僕には絶対的な自信がある。
今まで兄のお守りをどれだけやらされたことか。自分が首領になった暁には兄をとことんこき使ってやるのだ。他人から見れば下心丸見えの幼稚じみた考えだが、案外僕は嫌いではない。
そして、コツコツと積み上げてきた人生設計を無事成功させるために今日も僕は町へと足を運ばせることになった。



その日のソウリュウシティは穏やかな晴天だった。冬とは言え比較的雪の少ない町で、こんな時期でも晴れることが多い。

「お、ダリルー」

ぼんやりと歩いていると、通りの反対側から見慣れた黄色と赤色の影が現れた。声をかけられたことで人物を特定し、同時に少しだけ肩の力が抜ける。
彼等はこの町の住人で、僕の数少ない知己でもあるのだ。

「ウバ…それにダージリンも。今日は二人なんですね」
「医者の許可降りたからな」
「そう毎日引きこもってたら、それこそ病気になってしまうよ」

と、ウバの押している車椅子に乗っている青年は苦笑いを浮かべた。
ウバとダージリンは幼い頃からこの町にいる、言わば幼馴染みたいなものである。
とある事故が原因で大怪我を負い、足が不自由になってしまったダージリンを昔はこうやってよく一緒に外に連れ出したものだ。最近は忙しくてあまり顔を出すことも出来なかったが。

「今日も仕事かい?」
「ええ、見回りみたいなものですよ」
「へー。頑張ってるんだな、お前も」
「ふふ、私も早くこの足が治るようにリハビリ頑張らないといけないな」
「無理はしないでくださいよ?」
「わかっているさ」

順調に回復しているものの、ダージリンはまだ立ち上がるのがやっとらしい。
いつかまた一緒に外へ出かけられる日が来ればいいものだ。

「そうそう、俺達これからサーカス見に行くんだけど、お前も来る?」
「ウバ、ダリルは仕事中だって言っていたじゃないか」
「いいだろ。息抜きだって。なっ?」

ぽんぽんと肩を叩かれる。
サーカスなんて最後に行ったのはいつ以来だろう。何年も前に兄と妹と三人で行った記憶はあるが。
…しかしその時は、突然グローリスが「ピエロさんと握手したい!」と言い出し一人で居なくなり、それを一緒に探していたドグマがシリンダーブリッジの不良(思えば彼等もサーカスを見にきていたのか)に絡まれ殴り合いになり大騒ぎになったのだ。
僕としては、サーカスにろくな思い出が無いためなんとも複雑な気分である。

「大丈夫だって。兄さんもグリちゃんもいないんだから、心置きなく楽しめるって」
「まあ、それもそうですね…じゃあ少しだけ、僕も行こうかな」
「お、やったね!」
「いいのかい?無理してウバに合わせなくていいんだよ?」
「お前な…」
「いえ、折角の友人の誘いを無下には出来ませんし」

そうだ、久しぶりに会ったんだ。一日くらい彼等と自由に過ごしたって文句は言われないだろう。
それに、たった一日予定がずれただけで僕の計画は崩れたりはしない。

「よし、じゃあ行くぞ!」
「ああウバ、あまり走らないでくれよ」

いそいそと車椅子を押し始めるウバを先導に、三人は町の中心部へと向かうことになった。



町の中央にある広場で、そのサーカス団は陽気に芸を披露していた。彼等は毎月不定期でこの町へとやって来ては、様々なパフォーマンスを見せてくれるのだ。
鈴生りの観衆の中に混ざり、一緒になって芸道を観覧する。
中央で白い仮面をつけて玉乗りをしている男が団長のジェスター。身分も正体も一切不明なその謎の男は、いつ見ても同じ格好で、同じ仮面で顔を隠している。
僕には彼の素性など一切興味は無いのだが、ウバはいつもサーカスを見る度に彼の素顔に疑問を抱いている。

「ジェスターって顔、どんなんだろうな。もしかして目が点とか?」
「それは流石に失礼だろう」
「へーきへーき。聞こえてないんだし。お、玉乗りしながらお手玉ってか。器用だなぁ」
「そうですね。…ん?」

ウバの言葉を右から左に流しぼんやりとそのサーカスを眺めていると、不意に視界に入った赤に目を奪われた。
橙に近い赤い髪の女性が自分達より少し離れた席からサーカスを観覧していた。ソウリュウティの住民ではない、それはこの町を把握してる自分にはすぐわかることだった。

「誰、でしょう…」

ややウェーブのかかった短い髪。ワンピースの様な長いスカートに、透き通るほどの白い肌。その垂れ下がった瞳の視線の先にはジェスターがいた。
ちょうどサーカスの大団円なのだろうか、火花の様な光を放ち空に電気の虹を描く。弾ける様な音と、隣にいたウバの「うわー!」という歓喜の声で思わず我に返った。

「…な…っ」
「どうしたんだい、ダリル」
「え…あ、いや…」

…見惚れていた。自分でも信じられないくらいに。
喝采の中ぽかんと口を開けて佇んでいた僕の前を横切り、ジェスターは観客席手前にいたその女性に近づく。そして赤い花のデザインされた緑色の風船を彼女に差し出した。

「あら、ありがとう。…あの、もう一ついただいてもいいかしら?」
「勿論。この黄色い風船は、どちら様かにプレゼントで?」
「ええ。宿で待っている私の妹に、ね?」
「それはそれは、なんと優しいお嬢様だ。その赤い花はガーベラ。貴女方の滞在に良い輪廻がありますよう」

嬉しそうに風船を受け取る彼女の笑顔に釘付けになっている自分に気づいたのは、その十秒後。ひらひらと揺れるウバの右手が彼女と僕の間を遮り、再び現実に戻される。

「…」
「ダリルってば、どうしたんだよ…」
「…あの、人…」
「え?…あ、あの赤い髪の女の子?」
「見ない顔だね…って、ダリル?何処行くんだい!?」

一つの疑問と急き立てる鼓動の答えを知りたい。ダージリンの呼び止めも聞かず、人混みを掻き分けジェスターの話を聞いて微笑む彼女の前になんとか向かおうと試みる。
が、こんな盛大に行われた祭りの後だ。浮かれ叫ぶ人々がそう簡単に道を開けてくれるわけもない。
やけになって、僕は思わず声を上げた。

「あの…っ!!」
「…え?」
「あの…貴女、は…っ!?」

突然、サーカスを見終わった人々の波がジェスターの方へ押し寄せて来た。
それらに押し流され次に目を開けた時、もうその場に彼女の姿は見当たらなかった。





「…で、その後その女は見つからなかったと」
「まぁ…そうですね」

ウバとダージリンを見送った後、一人で彼女を探し回っていたら、いつの間にか太陽は姿を消してしまっていた。
珍しく遅くに帰宅した僕に驚き理由を問いただしてきた兄妹に、僕は素直に今日の出来事を打ち明けることにした。

「ふぅん…そんなことがねぇ…」

話を聞き終えたドグマは暫く考え込むかのような素振りで机に腕を置く。その隣では帰ってきたばかりのグローリスが床に何かを広げて遊んでいた。見た目はただの石ころだが、彼女にとっては宝の山なのだろう。
「散らかすな」「後で片付けるもん」なんていうくだらない兄妹のやり取りを一瞥し、温くなったコーヒーを飲もうとカップを手に取った。

「お前もしかしてさ、そいつに恋したんじゃねぇの?」

とんだ地雷だった。一口啜ったコーヒー 
は盛大にテーブルにぶち撒けられる。
目を丸くしてこちらを見る兄と妹と、噎せ返る僕。
そのひどい絵図に最初にツッコミを入れたのは、三人の中で一番上の兄であった。

「おおう…らしくもないリアクションだな」
「ダリル兄ちゃん…大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃ…っていうかアンタふざけるなよ。何馬鹿なこと…」
「いやだってそれ、一目惚れってことじゃね?夕方近くまで探し回ってたんだろ」

一気に沸点にまで達した怒りをぶつけてやろうとしたが、最後の一言でその熱は氷に触れたようにあっという間に冷え切った。
ああ確かに、と冷静になって今日の自分の行動を振り返ってみる。
思い返せば不思議なことだ。何故自分はあそこまで必死になって彼女を探していたのだろう。
赤の他人だ。顔見知りでもない。たまたまサーカスの場に居合わせただけ。見たのだって一瞬だけ。それなのに彼女のことが脳裏から離れなくなっている。はっきりと覚えている夕焼けを連想させる髪の色。こんな経験は生まれて初めてだった。

「一目惚れって…なんの病気だ…」
「恋っていう名の病気、だろ?」
「気持ち悪いです兄さん」
「それを今のお前が言うか」
「ダリル兄ちゃん恋したの!?」
「お前は入るな。ややこしくなる」

恋の病なんて信じられない。というより信じたくない。馬鹿馬鹿しい。自分にそんな感情があること自体疑い深いというのに。そのことを兄に指摘されたのが更に羞恥で堪らない。

「…そんな感情じゃ、ないです。そもそも僕が恋なんてどうかしてるでしょう」
「人間なにがキッカケで変わるかわからないからな」
「アタシ達ポケモンだよ?」
「グローリスお前はもう寝ろ」

まあとにかく、とドグマは机に閉まってあったファイルを一冊取り出し押し付けてきた。

「…なんです?」
「まあ見てみろ」

それは、ソウリュウシティの今週一週間のホテル宿泊客の一覧表であった。
目立った観光名所もないこの寂れた町に観光客が訪れることは少ない。そのためソウリュウシティにホテルや民宿は一件も存在せず、唯一宿泊が可能なポケモンセンターでさえ、ほぼソウリュウギルドが運営してる状態にあった。

「これが、どうかしたんですか」
「昨日から複数の団体客が泊まりで来てるんだ。珍しいだろ?もしかしたらその中にいるんじゃねぇの?お前の探してる運命のヒトっての」
「だからいい加減に…っ!」

駄目だ。落ち着けダリル。らしくないぞ。
からかうように笑うドグマがいつもの倍は憎たらしい。けれど、こんな貴重な資料を預かったくせに反感を買ってどうする。そんな稚拙な行為は子供のすることだ。 
これでは次期首領は務まらない。常に周りに流されず、平静を装って対応をすべきだ。
言い聞かせ、感情を押し殺しいつものように気丈に振る舞う。
貼り付けた笑顔なんて今更無駄な足掻きだろうけど、これ以上兄の思う通りに動かされるのは不服だった。

「…僕としたことが取り乱しました。…ありがとうございます、兄さん。せっかくですからこれは借りていきますよ。この町のギルドの副リーダーとして、お客様にご挨拶に伺わねばなりませんからね」
「…可愛くねーのな、お前も」

ドグマの一言を笑みで流し、ファイルを片手に部屋を出た。パタンと扉を閉めると、もう一度内容を確認する。
宿泊客の一覧表にはつらつらと名前が載っていた。今夜泊まるのは10名ほど。その中に彼女がいるかもしれないのか。
名前だけでは彼女が誰かは特定できない。しかしファイルを片手に眺めながら、自然と口角は上がっていた。
僕には彼女を探し出す絶対の自信がある。きっと、この中に彼女はいる。今日ほど自分の慢心家な性格を褒め称えたいと思った日はないだろう。

「明日…会ったら何を話そうかな」

第一声は、はじめましてだ。だがそれを言うことも忘れるかもしれない。そこから先は未知の領域。踏み込んだことのない、無計画な世界。
こんな気持ちは本当に初めてだ。くだらない毎日に飛び込んできた赤い花びらの行方を、その花の名前を、早く知りたくて仕方ない。

「さてと、もう寝ますか」

手元の懐中時計はいつもの就寝時間である19時をとっくに過ぎてしまっている。寝坊なんて許されない。
ポケットにそれを仕舞うと、僕はギルドの自室へと足を急がせた。






ガーベラの蕾
(サーカスも案外悪いものではないかもしれない)






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こちらのバオッキー♀のホノカさんをお借りしました!
我が家のダリル(オノンド♂)とホノカさんの初めて会った時のお話でした。

にゅらさんのみお持ち帰り可です。

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