5.廊下雑談

「杏ちゃあーん!」

廊下の奥から響く聞き慣れた少女の声にこれ以上ないほど不機嫌な表情で振り向いてやれば、その声の主は負けじと目一杯の笑顔でこちらへと走ってきた。

「廊下を走るな」
「あっごめんごめん。可愛い杏を見つけたからつい。杏ちゃん今日も可愛いね」
「お巡りさんこっちです」
「何で!?」

茶髪の長いツンテールを大袈裟に振り回し、その少女…梛 柚葉は僕の前でよよよと泣いたフリを始めた。が、いつものように華麗にスルー。
僕と彼女の関係はこれが日常茶飯事なのである。柚葉は僕のクラスメイトで、入学当初は全く話す機会など無かった。
が、ある日を境に関係は180度変わってしまったのである。夏休みに入る少し前、僕が好きな乙女ゲームのオンリーイベントに半強制的に雪那を連れ込んで行った際に、そこでサークル参加をして薄い本を売り込んでいたいた彼女に偶然出くわしてしまったのである。
勿論双方思いもしなかっただろう。言葉を交わしたことすら無かった、ほぼ他人のような関係に近いクラスメイトとこのような場所で対面することになるとは。
だがしかし、同族は惹かれ合うものだ。マイナーなゲームゆえ話題を共有出来る相手がネットにしかいなかった僕にとっては、彼女は天使のような存在に見えた。
…そう、最初のうちだけ。

「杏ちゃんあのね、来月のイベントなんだけどさ…」
「またサークル参加手伝えって?僕に引きこもる時間も頂戴よ」
「働け学生ニート!ほら見て、こんな感じのコス衣装作ろうと思ってるんだけど」

そう言って見せられたのは、柚葉愛用のスケッチブックだった。そこに描かれていたのは、青い長髪に碇の飾りが付いたシルクハットを被っている女の子。このイラストのキャラクターには見覚えがある。

「え、ちょ、あ、アシュリーちゃん!」
「そう。一度作ってみたいと思ってたのよ」
「す、すすす素晴らしいです先生!ところでレイヤーさんは…」
「それなんだけどねぇ」

ふふん、と柚葉は得意気に鼻を鳴らす。もしかしてアシュリーちゃんにそっくりな美人コスプレイヤーさんを見つけてきたとでもいうのか。
ぶっちゃけアシュリーちゃんの可愛さを三次元で表現出来るとは到底思えないが、しかしながら可愛い女の子を見れるならコスプレだって案外悪いものでもないのである。という、最近コスプレに見慣れてきた僕の持論。

「杏、貴女がアシュリーちゃんをやるのよ!!」
「………ん?」

こいつ、今なんて言った?
きっとただの聞き間違いだろう。

「え、っと…?ごめん、もう一回言って」
「だから杏がアシュリーちゃんをや」
「うわああああっ!!冗談はその煩悩塗れの頭だけにしろっ!!」
「ちょ、こんなところで人の頭の中曝け出すのやめてよ!!」

馬鹿か。馬鹿なのか。いや馬鹿なのは知っていたけどまさかここまでとは。
柚葉は時折こうやってサークル参加を手伝うよう頼んでくるのだ。部活動が忙しい僕の貴重な休みを何処からかともなく調べ上げ、折角の休日は彼女の手足になるだけで消えていく。虚しい。そんな時間あるんだったらアシュリーちゃん達とデートさせてくれ。
まあ、実際イベントを見に行くのは嫌いではないので基本頼まれれば手伝いには行くのだが、今回ばかりは話が別だった。
コスプレを、僕が、やれと?しかもアシュリーちゃんの?
想像するたび、乾いた笑いしか出てこない。

「ははは、ないわー」
「まっアタシは本気よ」
「僕はね、コスプレは見る専なの。着るなら柚葉が着なよ」
「私はレイヤーさんの為に服を提供する側だから」
「だから僕はレイヤー違う」
「絶対似合うと思うの!!」
「話聞いてる?ねえ人の話聞いてる?」

柚葉は興奮すると人の話を聞かなくなる。そういう時はいつものこれだ。

「だからねぇ杏ちゃ…痛いっ!?」
「静粛に」
「す、すみませ…」

彼女の頭に笑顔でチョップ。暴力的だがこうでもしないと落ち着いてくれないのだ。

「そもそも僕があんな格好できるわけないでしょ。ヘソ出し衣装って、このぽよぽよお腹を出せと…こら、ピースするな」
「いやねぇ、実を言うとレイヤーさんが見つからなかっただけで」
「おい、おい貴様許さんぞ」
「一人アシュリーちゃんが似合いそうな人は見つけたんだけど…」
「けど?」
「ほら、チキンなアタシはなかなか声かけられないというか…そもそも同族さんかもわからないし」
「ええ、誰なのそれ」
「わからないの。たまたま見かけただけなんだよね」
「馬鹿野郎…」
「うん、仕方ないよね!それなら探しに行けばいいのよ!!放課後になったら二年生の教室行きましょ!!」
「え…二年生!?」

まさかの年上。しかもこの学校の生徒だったのか。
それ、ただ何気なくすれ違った可愛い子がただアシュリーちゃんの格好似合いそうだと勝手に思い込んだ柚葉の独断ではないか。とんだ迷惑である。

「杏、今日部活休みでしょ?アタシも休みなのよ」
「ああ、試験前だからね」
「というわけで、ホームルーム終わったらすぐ行くからね!!準備しておいてね!!」
「マジですか…」

こうやって、僕は今日も彼女に振り回されることになるのであった。





金曜恒例のホームルームの時間。いつものように帰ろうとしたが、今日ばかりは梓に引きとめられ渋々着席し、今に至る。

「…ん」

引き出しに隠していた携帯の画面が点滅する。授業中でも気づかれないようにバイブは消してあるのだ。
杏から一件、それから梓から一件メールが届いていた。恐らく授業中に俺が携帯電話を弄っているのを前提で送信してきたらしい。なんだというんだ。


『 せつにゃ!

放課後さーゆずとそっち行くから美人可愛い子ちゃんテキトーに目星つけておいて!☆〜(ゝ。∂)              杏 』


『せつーなー

放課後暇だろ?ゲーセン行こうぜー。
つーかそのために残らせたんだけどな。サボリ魔を真面目に授業受けさせるなんて俺なんていい奴。         梓 』


…こいつら、俺をなんだと思っているんだろう。
杏のメールに至っては何が言いたいのか全く理解できない。が、梛 柚葉が絡んでいる辺り、きっとろくでもないことだ。正直、首を突っ込みたくないというのが本音。
ここは梓の誘いを優先させた方が懸命かもしれない。

「さて、今日のホームルームはここまでだ」

パタンと、教師が連絡事項をまとめたファイルを閉める音。それから続いて起こる生徒達の喋り声。
今日は珍しく早く授業時間より早く終わった気がする。
このクラスの担任は結構に大雑把な性格で、必要最低限のことを伝えたらさっさと仕事を終わらせてしまうのだ。大変素晴らしい行為だと思う。

「雪那、メール見た?」

担任が教室を出てものの数秒しか経っていないというのに、梓はもう鞄に荷物をまとめてこちらに近づいてきた。
当の俺はというと、まだのんびりと携帯電話の画面と見つめあっている。

「見た。行く」
「お、そうこなくっちゃ!」
「というか杏から変なメール来たからそれを回避しようかと」
「杏ちゃん?だったら、さっきからずっと廊下にいるぜ」
「えっ」

慌てて立ち上がると、担任が出て行った扉の方へと目を向ける。
見覚えのある青い髪と茶の髪の少女が二人。扉の窓からひょこひょこと顔を覗かせていた。
逃げ道を完全に塞がれた。その場で絶句した俺のことは言うまでもない。

「用事あるなら別に無理しなくていいんだぞ?」
「…」

数分で立てた俺の逃避計画は、予想外の襲来者達によってあえなく潰えてしまった。






「いやぁ、ごめんなさい雪那さん」
「謝るなら俺を呼ぶな。というか授業はどうした」
「今日は自習時間だったから早く切り上げてきちゃった」
「おい」
「まあまあ雪那。で、二人は誰を探してるんだよ」

放課後の廊下。上の学年の教室には入りづらいとただをこねた杏達に言われ、止むを得ずこの場所で会話をすることになった。
いや、それでもこの組み合わせは十分異質な気がする。

「柚葉、どんな人だったの?」
「えっと…長い金髪で、女の人で…足細かった」
「後半の情報の意味って何」
「だって後ろ姿しか見てないもん」
「でもさ、それだけで結構人は絞れるよな。つーか一人しか思いつかないっていうか」
「あー…」

柚葉が言っている人物には心当たりがある。俺と梓が脳裏に浮かべた人物はどうやら同じらしく、顔を合わせてこくりと頷いた。
今彼女に会うのはあまり乗り気ではないが、キラキラと期待の眼差しでこちらを見つめるこの後輩を止める術を、勿論俺が持ち合わせているわけがなかった。

「あの子、確か美術部だったよな」
「なんで知ってるんだ」
「いやだって、転校生が何処の部に入るかって気になるじゃん」
「野次馬」
「うっせ」
「転校生…?」
「そうそう。ま、行けばわかるよ。超美人だからな」
「そっか、楽しみ!!」

勝手に盛り上がる梓と柚葉を見て、転校早々厄介事に巻き込まれそうになっている少女にひどく同情したい。逃げるなら今のうちだと、心中で念じる。
そんなこんなで、梓を先導に一行は放課後の美術室へと向かうことになったのである。



[ 19/53 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -